AIがチェスや将棋の相手と見なされていた時代に、着想がまったく異なる人工脳「SOINN(Self-Organizing Incremental Neural Network)」を開発した長谷川修氏。人間の脳のように自ら学習し、成長し続けるその独自技術は、国内よりも先に海外で注目を集めた。東京工業大学を退職し、現在は自ら興した「SOINN株式会社」の運営に特化。個人一人ひとりが自分専用のAIを持つ時代を予見し、スマホで育てる個人向けAIの開発にも取り組む。SOINNが切り開く世界について聞いた。
世界が注目した「教師なしオンライン学習」のアルゴリズム
――昨今のAIブームに先駆けて、人工脳「SOINN」を独自に開発し、商業化にも成功しているそうですが、このSOINNとはどういったものですか。

SOINN 代表取締役 CEO
1993年、東京大学大学院電子工学専攻博士課程修了。博士(工学)。同年、通商産業省工業技術院電子技術総合研究所研究員。1999年、米国カーネギーメロン大学ロボティクス研究所客員研究員。2000年、経済産業省産業技術総合研究所主任研究員。2002年~2018年まで東京工業大学准教授。2014年より現職。
最近でこそ、いろいろなところで人工知能の活用が注目を集めていますが、私が学生の頃や2000年代くらいは、人工知能というとチェスや将棋を指すもので、画像認識やパターン認識は別の分野のものとして理解されていました。その後、ロボット技術の進展やスマホの登場で、人々が気軽に写真を撮るようになり、そうした画像データを処理するには、従来の将棋を指すような機能では対応できませんでした。
“トイワールド”という言い方がありますが、チェスや将棋は盤面で起こることがすべて。あらかじめ決められたルールのなかで戦いが繰り広げられるクローズドな世界です。一方、我々が生活している“リアルワールド”では、自動車の運転にしてもそうですが、いつ、どこで、何が起こるかわからないし、生活のなかでも日々新しいことが起こります。そうした領域にも柔軟に対応できるような人工知能というのは、チェスや将棋を指すものとは、まったく違うものになるだろうし、そうあるべきだとずっと思っていました。
そのリアルワールドで生きる人工知能を実現する手段は、機械学習のなかでも学習により知的機能を発現させる「教師なしオンライン学習」です。私たちの脳がまさにそうで、いろいろなことを見たり、聞いたり、経験したり、自分で情報を吸収しながら成長していくところがあります。学習は、学校を卒業したら終わりではありません。日々の生活や仕事、生涯学習を通じて、いくつになってもいろいろなことを覚えて成長していく。それと同じように学習し続けることで成長していくような機械学習が必要だと考えていました。
東京工業大学に移り、学生たちと議論しながら一緒に開発したのが「SOINN(ソイン)」と呼ぶアルゴリズムです。論文をたくさん出し、特許も申請しましたが、少なくとも論文と特許のレベルでは、類似するようなアルゴリズムはないようです。学会や国際会議などで発表すると、米軍やドイツの官僚の方々が視察に来ました。実際にやっているところを見せてくれということで、NSF(アメリカ国立科学財団)の方々がいらっしゃって、デモンストレーションをお見せしたこともあります。インド工科大学にも講演で何度か出向きました。
――SOINNの特徴は。
「教師なしオンライン学習」と言いましたが、プログラムを与えなくても、オンラインで自動的に学習することです。2つの人工細胞がランダムに配置された状態から始まって、データが入ってくると、それを刺激として受け止め、増殖し、細胞分裂して成長していって、データの構造や因果関係をとらえていく仕組みです。必要に応じて、自分で成長していくというアルゴリズムです。
開発する過程で最も腐心したのが、できるだけアルゴリズムをシンプルにすることです。複雑にすると、できることも増えますが、それだけ制約も増えてきます。シンプルだけど、いろいろなことができるアルゴリズムを目指しました。ですから、コードを書ける人がSOINNのコードを見ると、「これだけ?」と驚くぐらいの短さです。