「意識ほど手つかずで、深遠な問題は科学全般を見渡しても類を見ない」――。東京大学大学院准教授の渡辺正峰氏は著書のまえがきでこう記している。GAFAをはじめ、日本や欧米のいくつかの私企業が、次世代AIの開発を見据えてこの深遠な問題に取り組み始めている。意識のメカニズムを解き明かし、人間の意識を機械に移植する研究を進めている渡辺氏に、その成果と3月に始動したスタートアップの進捗などについて伺った。

脳の意識のメカニズムを応用して「意識を持つ社会」をつくる

――脳神経科学者として「人工意識」の可能性について研究されています。「人間の意識を機械に移植する」というのは、どういうことでしょうか。

渡辺 正峰(わたなべまさたか)
東京大学大学院工学系研究科システム創成学専攻 准教授

1993年、東京大学工学部卒業。1998年、東京大学大学院工学系研究科博士過程修了。同年から2000年まで東京大学大学院工学系研究科部助手、2000年から同助教授、カリフォルニア工科大学留学などを経て、現在は、東京大学大学院工学系研究科准教授およびドイツ・マックスプランク研究所客員研究員。近著に『脳の意識 機械の意識』(中公新書、2017年)がある。

 20年後を目処に、人の意識を機械にアップロードすることを目指しています。これは、ただ単に機械が人のように振る舞えばよいというものではありません。映画『マトリックス』の冒頭で、主人公の脳がコンピュータシステムにつながれながら、そのことに一切気づくことなく、仮想世界のなかで日常生活を送る姿が描かれます。私たちが目指す意識のアップロードとは、同様にして、機械のなかの意識が生前と見まがうような形で継続することを指します。ただ1つ映画と異なるのは、アップロードが完了したあかつきには、肉体はおろか、生身の脳もすでに存在しないということです。

 著書『脳の意識 機械の意識』では、アップロードの具体的な方法について、多くの脳科学者が荒唐無稽と感じない、すなわち、要素技術さえ揃えば十分に可能性があると考えられる形で提案したつもりです。先述の20年は、アップロードする機械と、それを脳と結ぶブレーン・マシン・インターフェース(BMI)の開発に要する期間に相当します。ただし、技術要件としてはあくまで既存のものの延長線上にあるため、人とお金を早いうちにかけていくことができれば、その分だけ加速し、10年後の挑戦も夢ではありません。

 その一方で、ただ、のほほんと技術の進歩を待っていたなら、私が寿命を迎えるまでにかすりもしないでしょう。1961年にケネディが、「60年代の終わりまでに月に人間を送り込む」と高らかに宣言したように、旗振り役がどうしても必要になると考えています。私が技術顧問を務めるスタートアップMinD in a Device(マインド・イン・ア・デバイス)社は、そのような思いを込めて設立されました。

――スタートアップとして資金調達し、さらに成長していくには、「20年後の夢」だけではなかなか難しいとは思います。そこへと至る過程でどのような社会貢献を考えていますか。

 夢を早期に実現するためにも、短中期の開発計画はとても重要なファクターになります。数年スケールの短期計画として私たちが取り組んでいるのは、ずばり、「意識を持つ社会」の実現です。ちなみに、ここでは残念ながら触れることはできませんが、中期計画としては「機械による脳機能の一部代替」を考えています。

 たとえば先日の台風15号の強風で千葉県などが甚大な被害を受けましたが、これだけ技術が進展しているにもかかわらず、いざ、あのような自然災害が起きたときに、どこの電線が切断されているか、どの道が土砂でふさがれているかというのは、最後は現場に人が行かないと把握できないことに愕然としました。

 一方で、人間の皮膚や内蔵にはさまざまな感覚器が張り巡らされていて、そこで得た情報が神経を通して脳に集約されることにより、身体の異常などは「痛み」として我々の意識に即座に昇ります。「意識を持つ社会」とは、同様にしてさまざまなセンサー群を街に張り巡らし、その情報を通信網を介して集約することにより、異常などが発生したときにリアルタイムで検知されるような社会を意味します。あたかも社会全体が1つの意識を持っているかのごとくです。

 ここでのキーワードは「デジタルツイン」です。デジタルツインとは、現実世界を忠実に再現したデジタルの仮想世界を、表裏一体の形で、リアルタイムにコンピュータ上でシミュレーションするものです。実は、デジタルツインの概念自体は古くからありますが、センサー情報を介して現実世界と同期を取るための機構が不十分なため、残念ながらいまだ実用化に至っていません。その恩恵は計り知れませんが、絵に描いた餅の域を出ていないのです。

 MinD in a Device社では、このデジタルツインと現実世界の同期の課題を、まさに脳の意識のメカニズムで解決しようとしています。