不老不死を実現し、生身の身体ではできないことも可能に
――著書やインタビューのなかで、まずは自身の脳と機械を接続し、機械のなかで意識が生き続けることを目指すとされていますが、その目的は何でしょうか。優秀な頭脳を永遠に保存し、その知見を人類の共有財産とするといったイメージですか。
映画やアニメなどには、昔の偉人や偉大な政治家などをデジタルで再現して、そのまま執政させるといった話が見受けられます。しかし、それだけであれば、あくまで第三者の立場から、機械に意識がアップロードされているように見えればよいわけで、意識を持たない哲学的ゾンビでも事足ります。一方で、真の意味で意識をアップロードしようと試みたときにはじめて、機械の意識はまったくごまかしの利かないものになります。
意識のアップロードの究極の目標は、不老不死を実現することです。アーケードゲームなどで、100円を追加してゲームコンティニューができるように、死にたくないと思った人が、機械の脳のなかで生き残っていくことのできる世界を目指しています。さすがに100円というわけにはいかないでしょうが、ずっと公立の教育を受けてきた私からすれば、『銀河鉄道999』に描かれる「金持ちしか機械の体を手に入れることのできない」ような暗黒世界はまっぴらごめんで、保険非適用の外科手術代+サーバー代で、車1台くらいの値段で提供できるのではと企んでいます。
また、オプションとしては、アップロードされた意識のみからなる仮想世界に満足できる方には不要でしょうが、私自身も含め現実世界に舞い戻ってきたい人に対しては、ロボットアバターを用意することも計画しています。さらなるオプションとしては、生身の身体がとても堪えられないような旅の実現も考えられます。はるか宇宙の彼方の恒星に行くにしても、機械に収まった意識であれば、コールドスリープいらずで長く退屈な旅の大半を寝て過ごすことができ、まったく遠慮のない加減速に耐えることもできるでしょう。半分冗談のような話に聞こえるかもしれませんが、子どもの頃、宇宙飛行士に憧れていた私は至って本気です(笑)。
――MinD社の資料(下図)によると、生身の肉体が滅びた後は、ロボットのようなものに、意識を移植した基板のようなものを埋め込んでいくイメージですが……。

図 意識が機械(コンピューター等)へアップロードされた世界のイメージ
左図:人間の脳と機械を接続して意識を一体化させ、さらに記憶を共有することによってアップロードは完了する。このとき、生体左脳半球ー機械右半球と生体右脳半球ー機械左半球の2つの組み合わせでたすき掛け状に遠隔接続して日常生活を送ることにより意識の一体化および記憶の共有は促進される。右図:人間の脳が活動の終わりを迎えた後にも、機械のなかで意識を持って生き続けることができる。生体脳半球とたすき掛け状に連結していた2つの機械半球を接続する。(イラスト:ヨギ トモコ)
私たちのアップロードの方法の前に、米国のライバル社について説明させてください。彼らは、意識のアップロードの手段として、死んだ後に頭蓋から脳を取り出し、その構造を完全に読み取ることで、脳の「完全コピー」をつくることを謳っていますが、2つの意味でこれは難しいと考えています。
1つは純粋に技術の問題です。最新技術の延長線上で、取り出した人間の脳を凍らせて薄くスライスし、特殊な超高解像度顕微鏡下で観察することで、ニューロン間の結合の有無だけであれば、全脳で取得することができるでしょう。ただし、脳を脳たらしめている個々のニューロン間の結合強度を解析するには、さらに数万倍の空間解像度が必要となり、現在、技術的な目処がまったく立っていません。そしてもう1つは、死後の脳の完コピで蘇った意識でいいのかという話です。自分は確実に一回死ぬわけで、百歩譲って蘇ったとしても、その意識は、自身のものとは断絶していることになります。
私が著書のなかで提案しているプロセスでは、まず、生きている脳と機械をつなぐことによって、自身の意識と、機械にあらかじめ宿るニュートラルな意識を一体化させます。ここでポイントとなるのは、機械に宿る、万人に共通なニュートラルな意識の存在ですが、多くの脳科学者は、必要十分な形で機械をつくり込み、それに一般的な感覚運動体験を与えれば、そこには意識が宿ると考えています。脳の意識と機械の意識の一体化は、まさに自身の意識をもって確認することができますが、それが達成できたところで、今度は脳の記憶を機械側に移します。ここでも、脳と機械を一時的に切り離して再接続することにより、自身の意識と記憶がともに機械に宿ったことを生きている最中に確かめられます。ここまでくればしめたもので、肉体が滅びた後にも、私の意識はシームレスに機械のなかで生き続けることになります。
技術的なカギを握るのは機械と脳の接続に必要なBMIですが、脳に収まる小さなサイズの侵襲デバイスを予定しています。残念ながら詳細を述べることはできませんが、ニューラリンク社がこの夏に発表した手法に対しても、情報の読み書きの一致性および情報密度について大きなアドバンテージを持つことになります。