サマリー:組み込み型金融(エンベデッドファイナンス)の流れが、産業界に広がっている。それを導入し既存製品・サービスの利用価値を高める具体策を提供するのが、みんなの銀行だ。

ふくおかフィナンシャルグループの「両利きの経営」における「知の探索」領域を担う新規事業であるみんなの銀行は、日本初のデジタルバンクであり、世界で初めてフルクラウドで基幹システムを構築した銀行だ。さらには、自行向けに開発したフルクラウド型銀行システムを国内のみならず海外にも外販し始めた。これは、他行がクラウド上に基幹システムを構築したり、非金融事業者でも自社の製品・サービスに金融機能を組み込んだりするのが容易になる画期的な取り組みだ。

みんなの銀行が本格展開し始めたこのBaaS(バンキング・アズ・ア・サービス)事業は、産業界にどのような提供価値と地殻変動をもたらすのか。みんなの銀行頭取の永吉健一氏とCIOの宮本昌明氏、そしてフルクラウド型銀行システムを共同開発したアクセンチュアの森健太郎氏、山根圭輔氏に解説してもらった。

銀行の外に出たがゆえに抱いた、強い危機感

――日本初のデジタルバンクである、みんなの銀行を設立するに至った経緯について教えてください。

永吉 2014年、柴戸(隆成会長)がふくおかフィナンシャルグループ(FFG)の社長になった時、私は経営企画部にいました。柴戸から「10年後に金融サービスや銀行業界がどうなっているか考え、そこから逆算していま何ができるか、何をしなければならないか検討してほしい」と指示を受けました。

 2〜3年先ならまだしも、10年後に金融業界や銀行がどうなっているかなんて誰も正確には予測できませんから、雲をつかむような話だと初めは思いました。しかし、柴戸が「いまの銀行ビジネスの延長でなくてもいい」と付け加えたんです。銀行は規制業種ですし、当時はいまほど規制緩和が進んでいませんでしたので、それを前提に10年後のビジョンを描いても既存のビジネスと大きく変わりません。そこで、柴戸がこの一言をつけ加えたのですが、これが重要なキーワードになりました。

 その頃、ユーザー起点で問題解決を試みるフレームワークであるデザインシンキングが注目され始めていました。銀行もサービス業ですから顧客志向という理念はどの銀行にもあるのですが、規制業種ということもあって実際にはどこも同じようなサービスを提供しているのが現状。そしてまた、どこかの銀行が新しいサービスを始めると、あっという間に同じようなサービスが広がっていくのも業界の特徴です。

 そこで私たちは、デザインシンキングのアプローチで、お客様の課題は何か、どんなサービスを開発すればお客様の共感を得られるのかというところに徹底してフォーカスしました。その結果、2016年4月に設立したのが、ネオバンクのiBankマーケティング(以下「iBank」)です。iBankのコアアプリである「Wallet +」(ウォレットプラス)は、FFG以外の銀行でも活用されています。徹底した顧客体験設計がiBankの出発点であり、みんなの銀行の原点ともなっています。

 当時欧米では、既存銀行の口座を活用しながら、UI/UX(ユーザーインターフェース/ユーザーエクスペリエンス)を刷新することで新たな金融顧客体験を提供するネオバンクと呼ばれる新たなサービスが続々と誕生していました。日常生活のさまざまなシーンに溶け込むように提供される金融サービスが、新たな顧客体験を生み出していたのです。私たちはこれを「エブリデイバンク」というコンセプトにまとめ、日本でも早急に実現すべきだと提唱していました。

 ちょうどそのタイミングでお声掛けいただいたのですが、永吉さんたちの描く新しい銀行の世界観と私たちのエブリデイバンクのコンセプトは非常に共通点が多く、これはぜひ一緒にやらせていただきたいと思いました。そこで、ものの10日間くらいでプレゼン内容をまとめ、モックアップ(試作品)までつくってご提案したのがみんなの銀行様との取り組みの始まりです。

永吉 私たちなりに新しい銀行の構想を具体化していたのですが、アクセンチュアの提案の中には私たちが「こういうこともできるといいのにな」と思っていたことが形になっていて、モックアップもあったので高い解像度でイメージできました。

 この時は、ほかにも数社から提案をいただいたのですが、10人ほどのプロジェクトメンバー全員が「アクセンチュアとやりたい」と意見が一致しました。

――デジタルバンク設立構想が具体的に動き始めたのは、いつ頃ですか。

永吉 Wallet +をリリースしたのが2016年7月ですが、2017年2月にはFFGの経営陣に「新しい銀行をゼロからつくりたい」と提案しました。

 社内ベンチャーとしてiBankを設立し、クイックにビジネスを立ち上げることはできましたが、iBankは銀行そのものではなく、あくまで銀行のフロントチャネルです。銀行法に縛られていないので、デジタルの力を使えばフロントチャネルをつくること自体は、それほど難しくありませんでした。ただ、API(アプリケーション・プログラミング・インターフェース)でつながっている金融機能の本丸、銀行の勘定系システムには、私たちはそれまで触れることすらできなかったのです。

永吉健一 KENICHI NAGAYOSHI
みんなの銀行
取締役 頭取

 一方、世界を見渡すと規制緩和がどんどん進み、ビッグテック(巨大IT企業)をはじめとする非金融プレーヤーがものすごい勢いで金融の世界に進出していました。私たちは社内ベンチャーとして銀行の外に出て、テック系スタートアップなど異業界の人たちと多くの接点を持つ中で、世の中の変化のスピードを肌で感じていましたので、「銀行はこのままで大丈夫なのか」という強い危機感がありました。

 銀行そのものをもっと速いスピードで変革していかなくてはならない。そう警鐘を鳴らすのが、外に出た私たちの使命だと考え、アクセンチュアに協力してもらいながら、デジタルバンクの構想を固めていきました。