COVID-19(新型コロナウイルス)の世界的な蔓延によって日本の製造業が苦境に陥っている。工場の一時停止やサプライチェーンの寸断、需要の減退、競争環境・ニーズの変化、デジタル変革への対応など課題は山積だ。歴史を振り返ると、パンデミックは社会に大きな影響を及ぼすと同時に、新たなニーズや産業を生み出すパラダイムシフトも創出してきた。日本の製造業は今、顕在化したリスクにどう立ち向かい、この厳しい状況をどう打開していくべきだろうか。
リスクへの対応と同時に成長の機会を見出すことが必要
――コロナ禍で顕在化した、日本の製造業のサプライチェーンやバリューチェーンに対するリスクをどのように評価していますか。

アクセンチュア ビジネス コンサルティング本部
インダストリーX.0グループ日本統括
アクセンチュア・イノベーション・ハブ東京 共同統括
マネジング・ディレクター
過去の教訓を踏まえた対策だけでは今の状況は乗り切れないというのが最大のリスクといえるでしょう。具体的には、国際間取引のリスク点検や調達・生産の一極依存からの脱却、物流網全体の見直しなどが求められます。さらに、消費者の外出が激減して自社製品の需要が大きく変化しているなら、消費需要の新しい予測方法の確立やその需要予測に基づいた販売・生産計画の見直しなども必要です。こうしたリスクへの対応と同時に成長の機会を見出していかなければなりません。
――米中対立によって世界経済のブロック化が進む懸念もあります。
すでに生産・物流拠点を自国に戻す動きが各国で出始めています。日本でも多かれ少なかれ国内回帰する企業が出てくるでしょう。その場合、日本は人件費が高いため、工場や物流の自動化が必須となりますが、日本は製造技術(ロボット)に優位性があります。実際、日本の無人化サプライチェーンは今、欧米からも注目されています。
日本は原材料を海外から調達しなければなりませんが、場合によっては原材料の産地に設計データを送り、現地で製造するといったことも考えられます。そういう対策が臨機応変に打てる企業が、パンデミックやブロック経済化といったリスクに対して強くなると思います。
米中対立については先日、気がかりなことがありました。あるデモ機を米国に輸出する準備を当社で進めていたのですが、20年7月の段階で米国政府から部品の中に中国製品がないか調べるようにと言われたのです。今後、米中対立がより激化すれば、部品にまで輸出規制がかかるかもしれません。そうなると、中国製の部品を使っているメーカーにすさまじい影響が及ぶでしょう。ひいては、法律の適用範囲内で部品の調達を行わなければならないという事態も起こりうる。それは今まで企業が経験したことのない世界です。
仕組みを最初に立ち上げる能力は日本企業が圧倒的に高い
――日本の製造現場の無人化が欧米から注目されているということですが、このあたりが日本の製造業の強みとなるのでしょうか。
私が率いる組織の「インダストリーX.0」では、グローバルでものづくりを手がける企業を支援していますが、ものづくりの仕組みを最初に立ち上げる能力は、日本企業が圧倒的に高いと感じています。
その理由としては、日本企業の2つの特性が関係していると考えられます。1つは「やると決めたときにやりきるための集中力が高い」こと。課題や目的を与えられたときの組織力は、他国の企業より相当優れていると思います。もう1つは「あらゆる局面で修正が効く」ことです。日本の企業では、一定レベル以上の優秀な人材が各部署に均一に配置されているため、どの局面でも前後の業務フローを勘案して修正することができます。
――その強みは「失われた30年」の間も続いてきたのですか。
はい、そう思います。たしかにデジタル競争力という点では、残念ながら日本企業は後れをとっています。しかし、依然として日本は経済大国として世界から認知されていますし、その基盤となっているのは金融でもサービスでもなく、やはりものづくりです。
――逆に日本の製造業の欠点は何でしょう?
今述べた強みの裏返しなのですが、もともと構想・設計していたものと違う製品ができあがってしまうということです。そのため、開発コンセプトやマーケットニーズとのズレが生じることもあります。逆に欧米では設計図が全てであり、設計ミスがあれば製品が完成しません。そのため、設計には細心の注意を払っています。
また、日本は一つのことを深掘りするのは得意ですが、全体最適を考えるのは苦手な面があります。例えば、「電子レンジ」の多機能化はその典型的な例でしょう。何百ものレシピを搭載した多機能レンジが開発されましたが、その機能を実際に使いこなしているユーザーはほとんどいないでしょう。もしメーカーが、その開発能力を別のことに振り向けていたら、もっと素晴らしい新製品が誕生していたのではないでしょうか。