脳が発生・発達するメカニズムを解明し、新たなAI技術の開発に挑む

――合原先生は、カオスや複雑系の数理モデル学の研究で知られていますが、AIとはどのような接点があったのですか。

 たしかに、カオスや複雑系を扱ってきましたが、主に対象としているのは複雑系としての脳です。神経細胞からカオス(一見ランダムに見えるが、背後に決定論的な規則が存在する振る舞い)が現れることを学生時代に発見し、それ以降一貫して脳や神経を対象に、カオスや複雑系の観点から研究してきました。現在、注目を集めているディープラーニングは脳からヒントを得てつくられています。ディープラーニングを支えているのはニューラルネットワークモデルですが、ニューラルネットワークは私の専門分野で、脳科学でもその数理モデルが使われます。第三次AIブームになって、AIの研究者が率先してニューラルネットワークモデルを使うようになり、脳科学の研究者との接点も生まれつつあります。

 その脳科学とAIの2つの学問領域をカバーする研究機関として設立されたのが、東京大学ニューロインテリジェンス国際研究機構(IRCN)です。ニューロインテリジェンスとは、広義では、脳(人間知能)とAIが相互作用することによって生まれる知能を、狭義では、人間知能とAIの共通基盤としてのニューラルネットワーク計算原理をそれぞれ指します。人間の知能やその創発の本質を明らかにし、これに基づいて革新的なAI技術を開発するような研究も視野に入れています。

――ニューロインテリジェンスはどのような応用が考えられているのですか。

 脳科学として、IRCNが重視しているのは、脳の発生・発達過程です。人間がドラスティックに知的になるのは、生まれて成長していくプロセスを介してです。その基本メカニズムを解明し、我々の理論に結びつけたいと考えています。それが実現すると、本当に人間の脳に近いAIができますから、応用の範囲としては脳がやれることはある意味すべて含まれます。

 ビッグデータがあれば、ディープラーニングで解析できます。しかし、ビッグデータが取れない分野、たとえば希少疾患や自然災害、工学システムの故障や異常などは、そもそもデータが少なく、スモールデータから学ばないといけない。我々が取り組んでいるのは、そうした領域で、人間の脳が行っているように、少ないデータから学んで敷衍(ふえん;意味を押し広げる)する、般化能力(コンピューターが未学習の類似の問題についても正しい答えを導き出す能力)をいかにモデル化するかが一つのターゲットです。

――そうした研究は、国際的に見たときに、日本の優位性はいかがですか。

 我々はカオスや複雑系を長年扱っているので、特にダイナミカルな情報処理は得意です。非線形な時系列解析に関しては、我々が世界をリードしていると思います。脳が得意で、ディープラーニングが得意じゃない分野に取り組むことで、いまのAIができないことをやれるようなAIをつくりたいと考えています。