デジタル技術の急速な進歩に伴い、データを活用したマーケティング手法が日々進化している。その一つ、顧客のさまざまな情報を基に、顧客一人ひとりに最適な商品やサービス、体験を提供する「パーソナライゼーション」は今、最も進歩しつつあり、企業の成長性に多大な影響を与えている。そこで、化粧品やアパレル、旅行などの世界的ブランドの顧客体験向上プロジェクトに多数携わってきたパーソナライゼーションのエキスパートに、成功事例や今後予測される展開を聞いた(聞き手:大坪亮・DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー編集長、構成:奥田由意・フリーランスライター)。


――デジタル技術やデータに基づくパーソナライゼーションは今日、どのような状況にありますか。

マーク・エイブラハム(Mark Abraham)
ボストン・コンサルティング・グループ(BCG)シアトルオフィス シニア・パートナー&マネージング・ディレクター。2004年BCGに入社。食品や飲料、小売、アパレル、旅行業界などコンシューマービジネスの有力企業を中心にコンサルティング業務を担っている。また、グローバルに展開する一般消費財企業や小売企業のエンド・ツー・エンドの変革プログラムを数多く手がけている。

 ボストン コンサルティング グループ(BCG)の調査では、パーソナライゼ―ションを導入したブランドは、それによる効果として、売上が導入前比で6~10%拡大しています。

 導入していない企業との間で成長力に差がつくとみられ、今後5年間に、小売、ヘルスケア、金融サービスの3つの業界だけで、約8000億ドルの売上が、パーソナライゼ―ションを実現する15%の企業へシフトすると予測しています。

――パーソナライゼーションの重要性は理解できても、どのように導入したら良いのかがわからない日本企業が多いというのが実情です。具体的な成功事例を教えて下さい。

 まず、化粧品小売のセフォラの事例をお話ししましょう。同社は世界的ブランドコングロマリットのLVMH傘下にあり、顧客がブランドの垣根を超え、幅広い商品を店舗で自由に試す事ができるのが特徴です。

 同社では、パーソナライゼーションを口紅選びに導入しています。口紅は微妙な色合いの違いで、つけたときの印象が変わります。同じ色相のなかでも、明度や彩度が細かく違う商品が無数にあり、試すだけにせよ選択するのが難しい商品です。

 そこで、店舗に行く前に(あるいは行かなくても)、AR(拡張現実)上の自分の顔写真に口紅を塗ることで、自分に似合う色を探せるスマートフォンのアプリを開発しました。アプリ上で試した商品をそのまま注文して、配送あるいは店舗受取りもできます。

 また、店員はその顧客が口紅を購入したことをアプリを通じて知ることができるので、その口紅に合う別のアイテムを提案することが可能になりました。多くの顧客がその提案に納得して、購入額を増やしています。顧客と小売店が共に、メリットを享受できるのです。

 一般にパーソナライゼーションでは、まずは顧客のペインポイント(悩みの種)を解決した上で、さらなる利便性を実現します。

 老舗の大型百貨店ノードストロームでは、顧客がウェブサイトで選んだ服を店頭で取り置くことに始まり、選んだ服とコーディネートした靴やアクセサリーをフィッティングルームにそろえて提案しています。ウェブとリアル店舗のフィッティングルームをつなぐことで、顧客と店員の関係性を新たに創造しているのです。

 パーソナライゼーションでは、人間とAI(人工知能)の協働により、蓄積したデータを顧客体験の向上のために活用し、バリューを最大化させるということが日々行われています。

 例えば、かつて百貨店などのトップセールスパーソンは、多くの顧客の顔とプロフィール、例えば職業や趣味、家族構成などをきっちりと記憶していて、来店した顧客一人ひとりの関心事に合った営業トークをして、一人ひとりに最適な商品を勧めたりすることで業績を上げていましたが、今日ではiPad1台で、そうしたパーソナライゼーションが実践でき、誰もがトップセールスのノウハウを使うことができるのです。

――ビジネスモデルが新たに創造されているケースはありますか。

 デジタルネイティブ企業のスティッチ フィックスは、その典型です。AIとリアルのスタイリストが協働して、個々の顧客向けに選んだ服を届けるサブスクリプションサービスを提供しています。

 顧客は、スマートフォンアプリの画面上に提示された服を、好きか嫌いかで振り分け、左右にスワイプし、買いたい服を選別します。さらに、顧客が最終的に選択した商品以外でも、それまでに閲覧して好き嫌いで振り分けたデータを蓄積することで顧客の好みを把握し、より的確な商品を提案していくのです。

 他社のサイトのように単に市場全体での売上ベスト20を提示して、購買欲を刺激するのではなく、最終的にはスタイリストがその顧客が特に好みそうな20の商品をセレクトし顧客のもとに届けます。レコメンドをテーラーメイド化しているのです。こうしたパーソナライゼーションの導入で、商品を1点買いしてもらうのではなく、トータルコーディネートで商品を買ってもらうという行動に結びつけています。

 BCGが有する小売業界のデータでは、パーソナライゼーションによって、顧客1人当たりの購入アイテム数は確実に増加しており、顧客ロイヤリティを測定するネットプロモータースコアも、パーソナライゼーション導入前に比べて平均して20%も向上しています。

 こうしたパーソナライゼーションは、いわば個々の顧客の専属スタイリストに近い存在と言えます。そして、アルゴリズムが進歩すれば、顧客自身が自覚していない嗜好を推測することもできるようになるでしょう。例えば、このシルエットやこの色の服を好むのであれば、同系統のこの服も気に入るのではないかとAIが推測してくれるのです。