パーソナライゼーションを導入する方法

――これまでのお話からすると、化粧品やアパレルなどの一般消費財、特に嗜好品において有効ということでしょうか。

 今は化粧品やアパレル、旅行業界などが積極的に取り入れていますが、今後は金融、保険、ヘルスケア業界にも広がると見ています。これらは、規制業種であり、データ利用には保守的な業種ですが、少しずつ取り組みは始まっています。

 例えば、ある金融機関では住宅ローン手続きへの導入が奏功しています。住宅ローンの申込みに至る手続きは複雑で誰にとっても面倒なものです。少しでも面倒を省くために、顧客が記入しなければならない様々な書類に、機械学習により予め記入された状態で顧客に送るサービスを導入しました。

 また、顧客によって、どのように対応してもらいたいかという好みはまちまちです。チャットボックスで気軽に聞きたい人もいれば、電話で相談に乗って欲しい人、あるいは担当の銀行員と対面で話をするほうが安心という人もいるでしょう。顧客の性格や嗜好により、最適なチャネルに誘導することも行われ始めました。このように顧客一人ひとりに応じた対応に変えたことで、住宅ローンの成約率は25%上がりました。

 別の金融機関の事例では、今日、金融機関の頭を悩ませる課題のひとつである支店のコストカットにつなげています。支店には、いろいろな目的で顧客が訪れますが、実はその用件の多くは来店せずとも、オンライン上でできる内容です。そこで、顧客の要望や性向を把握して、支店に来なくても、自宅からウェブサイトなどでできることを自分でやってもらうように誘導し、顧客にとっては時間の節約となるとともに支店にとっては人件費削減につなげました。

 最近、JPモルガンが発表した中期経営計画では、その大きな柱のひとつとして、パーソナライゼーションを挙げています。これによって、顧客との信頼関係や絆が強くなり、最終的には数字に反映される可能性が高いと考えられます。

――デジタライゼーションやパーソナライゼーションをゼロベースで始めなければいけない既存の大企業は、どうすればいいのでしょうか。

 現在パーソナライゼーションで成功しているのは、主に規模が小さな企業です。こうした会社は、デジタルネイティブであり、最初からパーソナライゼーションを前提に事業を組み立てています。

 前述したスティッチ フィクスは、ネットフリックスのデータサイエンティストチームが始めたものです。彼らは、テストマーケティングをして、それをマシンラーニングさせ、アジャイルに実装します。少人数のチームで意思決定も速く、小さいながら、このアプローチなら成功しそうといういくつかの体験の積み上げがあり、それをスピーディに展開しています。

 このような会社の売上規模は、伝統的な大企業からみると、1社1社は小さいかもしれませんが、実はそれぞれの事業領域でシェアが確実に奪われているというのが現状です。

 大企業はリアルタイムの意思決定ができないということが、足かせになっています。ですから、パーソナライゼーションの仕組みというより、まずはテスト・アンド・ラーン型の事業の進め方や、新しい仕事の意思決定の仕方を学ぶべきです。

 また、商品開発部門や営業などのフロント部門、そして諸々のデータを分析する部門を横断的に見て、連携させながら、迅速に意思決定できる権限をもった、チーフ・デジタル・オフィサー(CDO)といった役職の人を機能させることも必要です。

 CDOを導入する目的は、データを活用し、縦割り組織にしばられず、クロスオーバーした形で、個々の顧客に最適な商品を、最適なタイミングで提供することを可能にすることで、会社全体として、価値ある顧客体験の提供を実現することなのです。