間違っていたらそれを前向きに受け止める
――ご自身の会社ではどんな方を採用して、どのようにトレーニングされているのですか。
とてもお金がかかっています(笑)。一つのポジションに対し数千人から応募があって、ほとんどはPhDを持った人を採用します。なので、学卒はとりません。何らかの人文科学の修士以上は必須です。哲学、文化人類学、比較文学、美術史などを勉強した人がいますね。そして彼らには実際のプロジェクトに入ってもらいながら、ビジネスの基本的なことを学んでもらいます。非常に賢い人でも一人前のコンサルタントになるまで大体2~3年はかかりますね。
つまりとても賢くて若い人たちを採用して、自分たちで彼らをトレーニングしています。過去には戦略コンサルティング会社からシニアな方を採用した事もあったのですが、私たちのやり方が特異なので、あまりうまくいきませんでした。
――「賢い」とはどういう意味でしょうか。賢さにはいろいろあります。
よい質問ですね。生の、そのままの知力のことです。読む力、データをもとに分析する力、仮説を作る力、そして自分が間違っていたらそうだと認める知的正直さ。膨大なデータを集めて、それを構造化し、その意味を理解し、結論を導く。
こうした基礎的な知力に加えて、様々なことへの好奇心や視野の広さも大切です。いくら高い知力を持っていても、見る範囲が狭ければ、人の人生のことはわからない。例えば免疫系のガンのプロジェクトであれば、科学的な知識はもちろん必要ですが、同時に家族の中にそのガンになった人がいる場合どうなるのか、といったことも理解しないといけないから。
――センスメイキングを行う際に、特に重要なことはありますか。
「独立した思考」が大切です。独立した思考とは、すぐに判断せず、考える時間をもつこと。専門家ぶらずに、一度物事をちゃんと見てみようという姿勢で、自分の考え方が間違っていたらそれを前向きに受け止めること。そのためには、知的正直さやオープンさが必要で、これを持っている人を探すのは実はとても難しいのです。多くの人は専門家になりがたるし、自分が知っていることを確証したいから。
そしてそれは、観察し、観察結果をもとに仮説を組み立てる「仮説的推論(abductive reasoning)」を行う、ということです。私はクリエイティビティは仮説的推論から来ると思っています。本社で座ってブレインストーミングして出てくるものではありません。世界に出てそこで何が起こっているかを理解しそれを翻訳することからクリエイティビティは生まれます。つまり、アイディアは世界を注意深く見ることで出てくるのです。
――何が起こっているのかを感じ理解する。そうした感度はトレーニングすれば高まるものでしょうか。
はい、トレーニングできるものだとは思います。でも、世界にはなぜだかわからないけれど、とにかく感度が高い人たちがいます。例えば、ジョージ・ソロスは、彼と働いていた人が言っていたのですが、同じミーティングに参加していても、そこからものすごい多くを読み取っていた、と。なぜならソロスは、人が何を言うか、ミーティングで何が起きるかだけでなく、人が言わないこと、人が沈黙していることは何か、そのミーティングにいない人は誰か、ということも見ていたからです。
ソロスがあれだけ成功したのは、ミーティングにしろ市場の状況にしろ、人よりはるかに感度が高かったから。ソロスは政治、金融の状況、利子、他の投資家が何をしているか、すべてを頭にいれて考えていた。つまりセンスメイキングをしていた。ソロスだけでなく、世界で成功している人はそういう人が多い。これがどこから来るのか。私にはわかりません。
――ご自身は、センスメイキングの能力を維持し、そして高めるために、何をやっていらっしゃいますか。
私は本をよく読みます。私の人生は読書を中心にまわっていますね。でも、実際にやっているのは、新聞の編集者がやっていることと同じです。よい編集者は世界を見て、何が重要かを見極め、選んだトピックについて通常のジャーナリズムからは隠されている情報を得て、何をトップページに持ってくるかを決めています。私もこれと同じことをやっていて、これは超能力でもなんでもなく、いたって普通のことです。
例えば香水のプロジェクトをやることになったら、すぐに香水のことに没頭します。どうやって香水は作られるのかを調べるために、香水作りの現場に飛んで過程を見ます。香水の歴史について本を読み、人々が香水をどう使っているかを観察し、香水が人の人生にどのようなインパクトを与え役割を担っているのかを調べます。私たちがやっているのは、十分な資金があった上で行うジャーナリズムとも言えるかもしれません。
――十分な資金があった上で行う文化人類学ともいえますね。あることについてセンスメイキングする際には、頭で考えるだけでなく、身体で感じる必要もあるでしょうか。
ジョージ・ソロスが1970年代に自分のファンドを立ち上げた時に、自分自身がマーケットである、と言っていました。ソロスだけでなく、偉大な企業リーダーたちは、会社のリズムを身体で感じている。だから待つべきなのか、変化を起こすべきなのかを見極めることができています。これは、彼らが天才だからではなく、感度が高いから。受信するレセプターが大きく開いていて、すべてを驚きを持って見ている、ということです。判断をせずに物事を見る。よいジャーナリストも、よい文化人類学者もそういう人たちです。
――日本の多くの大企業は4年単位でCEOが変わります。それでもセンスメイキングはできるでしょうか。
短期主義が会社を破壊しているのは事実だと思います。四半期ごとの業績を気にしなければいけないCEOは、なかなか世界で何が起こっているかまで気が配れないでしょう。でも、CEOを超えて洞察が生き続けることはあるのです。
サムソンの例をお話ししましょう。サムソンとの最初のプロジェクトで、私たちはテレビのことを見ていました。サムソンはエンジニアリングの会社なので、彼らは技術的なことや機能面ばかり見ていて、テレビは家電だと捉えていました。購買するのも家電に興味がある男性だと。
私たちは世界の様々な場所に行き、人々がどのように生活を送り、そのなかでテレビはどう位置づけられているのかを観察しました。わかったのは、お金を出すのは父親だけれども、実際に決めているのは母親や子どもであること、そして人はテレビを家電ではなく家具として買っているということでした。つまりテレビとは家具であり、家にフィットするようにデザインされるべきだと。テレビは家具だ、となった途端に、デザインから広告まで事業のすべてが変わりました。
今年の年初にラスベガスであったCES(電子機器の見本市)で、サムソンは壁のテレビを発表していました。つけていない時は壁の中に消えるテレビです。つまりテレビは家電ではなく家具であるという考えは、10年経った今も、違うCEOのもとでも、サムソンの中で生きている、ということです。
――日本の企業とお仕事をされたことはありますか。
グローバル企業の日本マーケットについてのプロジェクトは多くやっていますが、日本の大企業との仕事はまだあまりありません。
私は日本が大好きです。北欧出身の私にとって、日本の美意識はすごく居心地がよく、何を見てもすぐに心がつながる感じがあります。ぜひ日本で働きたいので、いずれ大企業とのプロジェクトができたらと思っています。