残念ながらビジネスの世界には、良識が欠如するとどうなるかを示す事例が、あふれている。
リーマンショック後の世界同時不況が、よい例である。あれから10年経ったが、ビジネス、とりわけ金融業界はいまも、「あの業界は強欲で、利己的で、幅広い社会を犠牲にして自分たちの儲けばかり考えている」という、世間の不信感をぬぐえずにいる。実際、世界的な世論調査「2019 エデルマン・トラストバロメーター」によると、金融業界を信頼していると答えた人は57%で、全業界中で最下位だった。
それでも、前年に比べれば2ポイント上昇したのは、あのとき不況を悪化させた業界の文化を理解するために、経営陣が努力するようになったおかげもあるだろう。ニューヨーク連銀は、ビジネススクールと業界のリーダーの会合を開いて、この問題に真正面から取り組むとともに、長期的な解決策を探るなど、文化の問題に積極的に取り組んでいる(筆者もこの努力に協力している)。こうしたトップの関与があって初めて、金融業界は大衆の信頼を取り戻せるのかもしれない。
ほかにも、企業トップが良識を持って行動している例がある。最近、バンク・オブ・アメリカのブライアン・モイニハンCEOがデューク大学のイベントに登壇してくれたとき、筆者はある質問をしてみた。聴衆の一部が息を飲むような質問だったが、モイニハンが動揺することはなかった。
「あなたがCEOに就任して以来、バンク・オブ・アメリカは10万人近くの人員削減をしましたが、なぜ大きな非難の声が聞こえてこないのでしょう?」
モイニハンによると、技術の進歩によって金融サービスは大きく変わった。モイニハンがCEOに就任した2010年、バンク・オブ・アメリカのモバイルユーザーは約500万人だったが、現在は2600万人を超える。いろいろなことがオンラインでできるようになり、人間同士のやり取りは大幅に減少した。人員削減は避けられなかった。「問題は、『それをどうやるか』だ」
そこでモイニハンのチームは、自然減(すなわち退職者や転職者の補充をしない方法)によって、数年がかりで人員を削減することにした。離職者が出た場合は、既存の人員に報酬を上乗せしてカバーしてもらったり、オペレーションの変化に合わせて業務を見直したりした。
この方針を取ったことにより、本当にレイオフを実行しなければならなくなったとき、重要な変更が可能になった。たとえば、それまでのコスト削減により、永年勤続者の退職手当を基本給の1年半分に増額できたほか、再就職斡旋プログラムを充実させることもできた。さらに、育児休暇や忌引き、カウンセリグ、不妊治療や養子縁組の支援など、既存の社員の福利厚生を拡充することもできた。
モイニハンと彼のチームは、難しい課題に良識を持って臨んだ。良識的な対応を基本理念としたおかげで、これほど劇的な人員削減の最中も、社員も顧客も会社のサポートを受け、大切にされていると感じることができた。解雇という、会社に対して不信感を抱きうる究極の出来事が、人間的に実行されたのだ。
世界は一段と、不信感が高まる時代に突入しつつある。テクノロジーやイノベーションやオートメーションは、仕事の性質そのものを変えている。私たちは、こうした変化に打ちのめされるがままになるのではなく、良識を使って、誰一人置き去りにすることなく前進する方法を見つけることができる。
良識あるリーダーがイノベーションを起こすときは、創造されるものだけでなく、破壊されることにも気を配る。新しいソリューションをもたらすだけでなく、自分の居場所を失った人々を助けることもイノベーションである。DQのあるリーダーは、重要なのは利益を維持することだけではないと知っている。彼らの決断は数百人、数千人、場合によって数百万人の人生に影響を与えるのだ。
企業が、良識を持つことにもっと力を入れるようになれば、現代の世界で切実に必要とされている癒しの担い手になれると、筆者は思う。それは、社員と顧客の信頼を取り戻すきっかけになるだろう。また、極めて多様な人々が共通の目的のために協力するモデルとなることもできる。良識は人々を結束させて、世界で最も難しい問題のいくつかを解決する助けにもなるだろう。
しかしそのためには、DQがリーダーシップに不可欠な資質であることが広く認識される必要がある。知力も共感力も重要だが、IQとEQが社会に恩恵をもたらすように(引き裂くのではなく)使われるようにするには、良識が不可欠なのである。
HBR.org原文:For Leaders, Decency Is Just as Important as Intelligence, July 16, 2019.
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