なぜ株式市場は、取締役会の多様性拡大にネガティブな反応を示すのか。

 女性取締役を選んだからといって、業績が悪化したわけではない。私たちの調査では、女性取締役の選任後、各社の利益に変化は見られなかった(増えても減ってもいなかった)。これは、取締役会の多様性拡大が業績改善につながる証拠はほとんどないという、無数の学術研究と一致する。

 この困惑するような現象を説明する試みとして、株式市場にバイアスがあり、女性は能力的に経営判断を下す役割に適していないと考えられているからだ、という指摘がある。

 それが本当ならば、取締役会の多様性は業績にはほとんど影響をもたらさないのに、市場価値にはマイナスの影響を与えたことになる。またそれは、たった1人の「無能な」女性取締役が会社の利益を押し下げているのに、男性取締役たちは何の手立てを講じることもできなかったことを意味する。そんなことは実際には、ありえない。

 別の説明は、株価下落は、会社の優先順位の変化に投資家が反応した結果だというものだ。取締役会の多様性が拡大されたということは、会社が社会的目標に力を入れるようになり、株主利益の最大化を二の次にするようになった、と投資家は受け止め、株価下落というペナルティを与えたというのだ。

 このセオリーが正しいかどうか調べるため、私たちはトップクラスの国際的ビジネススクールの学生と卒業生193人を対象とする実験を行った。

 被験者は、ジャック・スミスまたはマリリン・クラークを新たに取締役に迎え入れたという架空のプレスリリースを見せられた。2人の名前以外はまったく同じ内容だ。その後、10項目の企業目標を見せて、それぞれについて、その会社がどのくらい重視していると思うか聞いた。新取締役の適格性も評価してもらった。

 ビジネススクールの学生と卒業生は、マリリンにもジャックにも、同等の適格性があると見なした。彼らの経歴がまったく同じであることを考えれば、当然の結果だろう。だが、企業目標に関しては、マリリンを指名した会社のほうがジャックを指名した会社よりも社会的役割を重視しており、株主利益の最大化は下に位置づけていると被験者たちは考えた。

 これは女性取締役の選任が、ジェンダー的に中立な措置ではないからだろう。企業が新しい取締役を指名するとき、ジェンダーに言及することは珍しくない。ただし、それはもちろん、女性が新取締役のときだけだ。したがって、女性取締役が選任されたのは会社が多様性を推進しているためだと考えるのは、けっして大きな論理の飛躍ではない。

 それでも投資家が、多様性推進はコストのかかる実験だと見なしていなければ、問題はないはずだ。だが、たとえばアップルの株主は数年前、経営陣にマイノリティを増やすことに反対する決議を下した。これに先立ちアップルは、そのような措置は過剰な制約になると主張していた。

 同じようにスケッチャーズは、取締役会の多様性拡大に取り組むと約束した後に、「最も重視するのは株主利益の最大化」だとして、女性取締役を指名しない決断を説明した。同社が初の女性取締役を選任したのは2019年5月、カリフォルニア州法により、企業は取締役に女性を少なくとも一人を含めることが義務づけられてからだ。

 いわゆる「アクティビスト(物言う株主)」も、多様性が価値創造の源になると考えているわけではなさそうだ。2016年のブルームバーグの分析によると、米国最大の「アクティビストファンド(物言うファンド)」5社は、それまでの5年間に計100人の取締役を誕生させたが、このうち女性はわずか7人だった。

 投資家が本当に「女性を取締役に選ぶ会社は、株主利益の最大化にさほど熱心ではない」と思っているのだとしたら、別の方法で社会的役割の拡大を図る企業ほど、多様性拡大によって受ける影響は大きいはずだ。実際、私たちの調査では、そのような結果が出た。

 私たちは、取締役会の構成に関するデータと業績情報を、社会的責任投資の指標である、KLD STATSの社会業績格付けと組み合わせて分析した。すると、多様性イニシアチブ(ワーク・ライフ・バランス、LGBT方針、障がい者採用プログラムなど)に投資した企業は、女性取締役を指名したことで、多様性を推進していない企業よりも大きなペナルティを市場から被っていたことがわかった。