●一人でも声を上げる
明確な良心を持っていて、声を上げる意思があれば、たった一人の力でも現状を変えられる。
社会に貢献したいというのは、人間の性質に根差した欲求だ。一人のリーダーが――組織のトップでなく、部署レベルや現場レベルのリーダーでも――うまく主張を展開し、新しいビジョンを示せば、ほかの人たちはついてくる。その結果、驚くべき成果が上がるケースもある。組織文化が大きく変わることもあるかもしれない。
山田は企業文化を変えようと思って行動を起こしたわけではなかったが、彼の行動は変化の触媒になり、会社に刺激を与えた。トレスカントス研究所が「利益を求めない」研究を始めたことが社内で知れ渡ると、社内のトップクラスの研究員たちが続々とこの研究所で働きたいと希望し始めた。
山田の言葉は、ほかの多くの人たちの思いを代弁し、誰もがもっと前向きな未来に進むための明確な道筋とビジョンを示したのだ。
●スキルを育み続ける
GSK入りする前、山田はもっと小規模な課題に挑む経験を積んでいた。病院の集中治療室で難しい患者の治療にも当たったし、大学の学部長を務めて、自身の専門分野で有数の権威にも上り詰めた。その過程で、ほかにもさまざまな変革を主導してきた。たとえば、ミシガン大学医学大学院の消化器科で、アフリカ系米国人や女性の教員採用を増やした。
山田の経験から引き出せる教訓は、どんなに小さなチャンスも逃さずに、改革を成し遂げる能力を磨くべきだという点だ。それまでのやり方や固定観念に異を唱える勇気を鍛え続け、いつでもそうした勇気を発揮できるようにする必要がある。
GSKでは、まずチームのメンバーの意見を尋ね、それを基に、トレスカントス研究所を「非営利」の研究に特化させるというアイデアを提案した。誰かが先に声を上げるのを待ったり、その問題を検討するための委員会をつくったりはしなかった。
山田はそれまでの経験を通じて、問題をすぐに目にとめ、現状を改める方法を提示するスキルを磨いていた。GSKが先頭に立ち、あまり利益を期待できなくても、医療を切実に必要としている世界の膨大な数の人たちを救うための戦いに乗り出すべきだと訴えたのである。
●目標に集中し、強い決意を持ち続ける
人はうっかりすると、「手ごわい課題だ。後回しにしよう」という発想に陥りやすい。これが「そんなことをすれば、キャリアに悪影響が及びかねない」という無意識の思考と合わさると、難しい課題がそのまま放置されかねない。そうするうちに、容認しがたいと思っていた状況が当たり前になり、変革へのエネルギーが消えてしまう。
しかし、山田は容認できない状況をそのままにしなかった。目標に集中し、強い決意を持ち続ける力を育んでいたからだ。
日本生まれの山田はティーンエイジャーの頃に渡米し、過酷な医学の道に進んだ。その後、成し遂げたことは数知れない。マラソンにも挑戦したし、3440ページに上る画期的な消化器科学の教科書の編者も務めた。山田にとって難しい課題に挑むことは、ときどき行う挑戦ではなく、自分という人間のあり方そのものだった。それが輝かしいキャリアを切り開いてきた。
新しいトレスカントス研究所を成功させるためには、書類に署名するだけでは不十分だった。研究所の当初の資金こそGSKが拠出するが、その後は研究員たちが外部の助成金を獲得するものとされていた。そこで、外部の団体や大学とのパートナーシップを確立し、関係を維持する必要もあったのだ。
●自分の権限を使い、弱者を助ける
このような思考様式がなければ変革を起こせないわけではないが、変革を通じて弱者を助けられればより好ましいし、充実感も大きくなる。この点は、ほとんどの人が同じ意見だろう。
山田は長年、「患者最優先」の医学界の文化の中で生きてきた人物だ。自分の発言力を駆使すればもっと大きな変革を起こせると自覚していて、南アフリカなど、HIVや結核やマラリアの安価な治療薬を切実に必要としている国々にGSKが貢献するためのビジョンを持っていた。
弱者を助けたいという思いは、山田率いるチーム、のちには社内のほかの人たちも共有していた。その後も、トレスカントス研究所から生まれる成果は、結核やマラリアなどの病気に苦しむ貧しい人々を救い続けている。