GSKの変革を主導するきっかけになった訴訟について、山田はこう振り返っている。「薬の価格をもっと引き下げられることは明らかだったし、たとえ利益は上がらなくても、大きな医療上のインパクトを生み出せそうな薬をつくると誓うことが重要だと思った」

 社内の多くの人の支援と尽力により、山田の前向きなビジョンと指針が全社に広がり、企業文化の変化に弾みがついた。こうして生まれた変化は、2006年に彼が(ビル・アンド・メリンダ・ゲイツ財団のグローバル・ヘルス・プログラムの責任者に就任するために)GSKを去ったあとも続いた。

 GSKはいま、世界中の人々が薬を使えるようにし、世界の保健レベルを向上させることを目指す活動で、世界の製薬業界を引っ張る存在になっている。この3年間にトレスカントス研究所の研究員たちが著者として名を連ねた学術論文は100本を超す。また同研究所は、途上国を苦しめる病気の研究を前進させるために、外部の研究者がGSKの施設や専門知識、リソースを利用できるようにもしている。

 私たちはこの数年間、どうすれば一人の人間が大組織で好ましい変化を起こせるのかを知るために、数十人の企業幹部たちに話を聞いた。山田はその一人だ。これらのインタビューでは、山田と同様の思考様式について語る人が多かった。そのほぼすべてのケースで「一人の力」が発揮されていた。

 たとえば、あるフォーチュン50企業で働く女性は、ブラジル勤務時代に部署を変革した経験があった。その後、本社の幹部職に昇進すると、変革の必要性に気づいた。しかし、本社では社内政治がいっそう難しく、過去の経験は役に立たないように思えた。

 それでも彼女は不屈の精神で前に進み、変革を成し遂げた。現状に異を唱える能力はスキルとして育むことができ、そのスキルは大きな変革にも小さな変革にも役に立つと、彼女は語っている。

 別のフォーチュン500企業で働く女性は、社内で昇進し、規模は大きいけれど不振にあえぐ事業を統括することになった。8人の前任者がすべて解雇されていた。この人物は時間をかけて組織を検討し、新しい戦略プランを立案した。しかし、そのプランを実行するためには、上層部が本腰を入れることが必要だった。

 最初、上司は拒絶した。それでも彼女はあきらめず、それまでの経験を通じて蓄えたスキルと勇気を駆使して上司を引っ張り、上司をついに動かした。その結果、業績は好転した。

 企業の変革はトップダウンで進むものだという思い込みがあるが、そんなことはない。本稿で紹介したストーリーを見ればわかるように、ミドルマネジャーや現場レベルのマネジャーでも、適切な思考様式を持てば大きな変化を起こせるのだ。


HBR.org原文:How One Person Can Change the Conscience of an Organization, December 27, 2019.


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