もはや、伝統的日本企業の成長を支えた「終身雇用」「年功序列」「企業別労働組合」は機能不全に陥っている。あらゆる日本企業に組織再編や戦略の再構築が求められており、それは必然的に、人材活用のあり方の再考へとつながっている。また、人的資本に関する要請は日本企業に限らない。第四次産業革命と称されるような、世界的な産業構造の大変革が進んでいるからだ。そうした時代に求められるのは、「業績を担う人材」(パフォーマー)と「変革を担う人材」(トランスフォーマー)の力である。ただし、一人の人間が双方の才を両立できるケースはほとんどなく、それぞれが活躍できる体制を築くことが必須である。本稿では、オックスフォード大学サィード・ビジネス・スクール准教授のジョナサン・トレバー氏と、慶應義塾大学准教授の琴坂将広氏が、未来の企業が歩むべき道を論じる。
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いま、世界中の数多くの企業が、これまでにない事業上の困難に直面している。21世紀の経営環境は、複雑で困難さに溢れたグローバル競争にさらされており、持続的な競争優位を保ち、高業績を確保し続けることは、過去に類を見ないほど困難となった。
新しい技術は、かつてない速度で、伝統的に確立された産業群の競争環境を一変させている。かつては閉鎖的で規制に守られていた産業群においても、非伝統的な競争相手が世界中のどこからか突如参入し、少しずつその影響力を高めつつある。顧客行動も大きく変化した。顧客の新しい購買行動は、多様性のある商品群とそれぞれの顧客に対する高いレベルの理解を求めるようになった。新しい商品やサービスが無数に登場しては、それが試され、そして消費されていく動的な競争環境が当たり前の時代である。
こうした事業環境の変化は、企業がどのように付加価値を市場に提供するかを、抜本的に見直すことを求めている。それは、どのように組織をつくり上げ、いかに最適な成果を生み出す戦略を構築するかを考え直すことであり、なかでも、その組織と戦略のドライバーとなりうる、付加価値の高い人的資源のあり方の再編につながる。
高業績を実現するうえでは、高次元の人的資源の管理が必須である[注1]。しかし、伝統的な人的資源管理の方法論は、現代あるいは未来において、高業績を導くために必要な組織の統合、機敏性、革新性を十分に与えくれない[注2]。
たとえば、日本の大手企業の伝統的な人事慣行は、終身雇用、年功序列、企業別労働組合という3つを依然として色濃く反映している。これらはかつて、日本の驚異的な経済成長の原動力となった人事慣行であり、またその結果でもある。しかし、もはや多くの事業領域で時代にそぐわなくなり、負の遺産となっている。
我々が議論を重ねてきた多くの経営者たちは、その事実を認識し、行動を開始している。だが、いまだその行動は模索段階であり、抜本的な変化にはつながっていない。たとえば、欧米企業で一般的ないわゆる「成果主義」を部分的に導入する動きは根強いものの、むしろその副作用に見舞われるケースのほうが多いという。
現実を注意深く見直してみれば、日本企業が現代の困難な事業環境で苦しむ背景に存在する課題は、実は、欧米や新興国の企業が直面するそれと同じ事業課題である。それはすなわち、母国市場の飽和であり、国際競争の激化であり、高収益であった事業の急速な縮小である。
ただ、これは困難であると同時に、極めて重要な事業機会でもある。こうした変化の機会を活用し、人材の活用のあり方を大幅に改め、そして、高成長と高収益を世界的に成し遂げる戦略的な考え方を実践すれば、企業は新たな可能性を手に入れることができるだろう。
我々は本稿を通じて、人的資源管理と経営戦略の知見に基づき、欧米と日本企業の実地調査から得た情報も参照しながら、未来の経営環境において日本企業が参考にすべき、一つの考え方を提示する。それは伝統と革新、欧米と日本の良さを組み合わせた、新時代に求められる新しい考え方の指針である。
過去を彩る、日本企業の三種の神器
日本企業の人事慣行は、伝統的には3つの特性によって一般に理解されている。終身雇用の慣行、年功序列の昇給と昇進、そして、企業別の従業員組織(組合)である。
それらは依然として、より規模の大きな歴史と伝統を持ち、複雑な組織構造を持つ日本企業(以下、伝統的日本企業)において、その特性を色濃く残している。そして、これは第二次世界大戦後の高度経済成長を牽引した要素であり、また、その急速な成長によって促進、形成された伝統的日本企業の特性でもある。
終身雇用の慣行
終身雇用の慣行は特に、製造業を中心とする多くの伝統的日本企業において、依然として色濃く残る特性である。現在においても、こうした企業における平均在職年数は、他国と比較して明らかに高い。現代においては問題視されることもあるものの、過去の成長を牽引した確かな要因の一つでもあった。
まず、従業員が長期間にわたり企業と人生をともにすると期待することが、従業員が短期的な損得のみを考えず、組織の長期的な成長に貢献する誘因となった。また、従業員の離職率の低さは、企業がより多くの資源を従業員の能力開発へ投じることにつながった。同時に、企業がどのような状況であっても雇用を守る姿勢を継続したことは、従業員の組織に対する高い忠誠心と献身的な貢献を引き出した。
一体感のある従業員相互の長期間にわたる社会的つながりの醸成は、暗黙的で非公式な側面を含む相互の高い信頼と、それを背景とする効果的な知見の共有や情報流通につながる。さらに、組織と従業員の相互の高いコミットメントは、その両者の共同投資である事業への協調的な協力関係を生み出し、柔軟な組織運営を可能とした。
このような長期的な関係性を前提として、従業員は特定の機能の専門家としてではなく、その特定の企業の専門家となることを受け入れ、短期間での配置転換を繰り返すことでその企業のあり方とやり方に習熟し、企業特殊的人的資本とも呼ばれる、その企業に独自の能力や性質を獲得していった。
年功序列の昇給と昇進
年功序列は、社会的な慣行と言えるほど、長きにわたり伝統的日本企業に影響を与えてきた。
昇給と昇進が年齢に紐づく慣行は、ある一定の年次に至ると、突如として選抜の波にさらされる。その後は、一部の従業員のみが昇進を続ける一方、それ以外の従業員は昇進が頭打ちとなるか、関連会社に出向するなどの新たな転進が求められる。しかしそれでも、年齢が50歳代に至れば、従業員はその能力や職位に関係なく、平均して新入社員の2.5倍の報酬を得ることができる[注5]。
こうした年齢を基軸とした人事制度設計は、社員が長期的に組織に貢献する誘因ともなる。若年時には貢献よりも給与が低い一方、長く勤めるほど給与が貢献を上回る傾向は、長期に勤める従業員を優遇する。トーナメント方式[注6]とも呼ばれる評価は、外的要因に左右されずに、また従業員間の相互評価によって行われる傾向があり、この長期的なレースの先頭集団を走る従業員にとって、その特定の会社に追加投資をする誘因となる。
事実、伝統的日本企業では、長期にわたって昇給と昇進のペースは同一であった。1990年代前半の調査によれば、入社後7年以上、新入社員の昇進と昇給のペースがほぼ同一であると回答した企業が、伝統的日本企業の約4割に及んだ[注7]。
こうした平等主義は、前述の通り、高く評価される先頭集団を安価に社内に確保すると同時に、従業員間の知識と知見の共有促進にも貢献した。ある時点から競争が始まるとはいえ、賃金が年功で決まることは、みずからの知見を同僚に開示したとしても、自分が簡単には職を失わないことを意味する。長期的な組織への貢献や同僚や上司からの評判が緩やかに、しかし長期的に評価を左右する事実は、短期的な損得を度外視した知見の共有や協力関係につながる。また、従業員相互がいわば同志として、協調的に組織のために協力する土台づくりにも貢献した。
このように、年齢を基軸とした安定的な階層的な権威の構造は、独特ではあるが、協調的で秩序ある従業員相互の協力関係を醸成したのである。
企業別の従業員組織(組合)
終身雇用と年功序列と相互に関連するのが、企業別に組織された組合をはじめとする、従業員組織と企業との関係である。
年功序列の賃金形態を取るがゆえに、個別の賃金交渉ではなく、集団としての賃金交渉となる。工場労働者のみならず、本社の企画スタッフに至るまでが一団となり、企業との賃金交渉に臨むが、その関係性は一部の例外を除き、協調的であり、時には台本まで用意された儀式的なものとなる。それには、企業と従業員の相互の信頼関係や、長期的な関係が背景にある。また、将来の経営幹部となることが嘱望される人材が労働組合の幹部となることが多く、この場合、将来的に自分もその一員となる経営幹部に対して、その人材が強い交渉を行う誘因は限られる。
もちろん、成長を長年持続する企業においては、企業再編やそれに伴う人員整理が発生することはなく、労使の協調協力関係が、円滑な事業展開とそれによる配置転換や制度変更を可能としていた。
[注2]Trevor, J and Varcoe, B., 2017. How Aligned Is Your Organization?, Harvard Business Review, February.
[注3]ジョナサン・トレバーによる研究の一部は、『ハーバード・ビジネス・レビュー』の2つの論文を参照されたい。“How Aligned Is Your Organization?” (Feb 07, 2017) and “A Simple Way to Test Your Company’s Strategic Alignment” (May 16, 2016).
[注4]本稿執筆の基礎となる調査研究活動は、JSPS 科研費(15K17131) および欧州連合「ホライズン2020」(the Marie Skłodowska-Curie grant agreement No 645763 )の助成を受けたものです。ご支援に深く感謝を申し上げます。
[注5]伊藤修『日本の経済−−歴史・現状・論点』(中央公論新社、2007年)
[注6]Lazear EP, Rosen S. 1981. Rank-Order Tournaments as Optimum Labor Contracts. Journal of Political Economy 89(5): 841-864.
[注7]日本労働研究機構.,八代充. 1993. 大企業ホワイトカラーの異動と昇進−−「ホワイトカラーの企業内配置・昇進に関する実態調査」結果報告.日本労働研究機構.