次第に崩れ去る過去の栄光
この「三種の神器」とも言われた伝統的日本企業の特性は、それが長期的に形成されたのと同じく、1980年代の終わりから長きにわたって、次第にその輝きを失っていった。
最初の綻びは、日本企業の急速な国際化が背景にあった。日本円の急激な円高は、1973年の変動相場制につながり、1985年のプラザ合意以降、さらに加速するに至った。日本国内で生産し輸出するモデルの強みは、継続的な技術導入と生産性改善により健闘を続けたものの、次第に急速な生産の海外移転につながった。
たとえば、製造業の海外生産比率は、1980年代後半から特に伸長する[注8]。これは、極めて個性的な日本的労働慣行と、それとは異なる進出先の間における、労働慣行のミスマッチにつながる。そして多くの日本企業は、現地に根ざした人事慣行と日本特有の労働慣行を併存させ、多少のアレンジは加えるものの、現地と日本が切り離された制度設計を進めるに至った。
日本企業の国際化を機に生じた、日本特有の人事慣行に対する疑問符は、さらに国内市場の停滞と新興国の新たな競争相手との激しい市場競争により顕在化する。
1986年から1991年まで続いた日本のバブル経済の崩壊は、この潮目の変化の基点と言われる[注9]。少なくとも、それまで「カイゼン」や「QCサークル」などの各種の用語とともに、欧米企業が日本の経営慣行を学び、それを模倣していた流れがあったが、それを境に停滞の時代へと遷移した。そして、この分水領以降、不良債権に苦しみ、機能不全に陥った日本の金融システムにも引きずられ、日本企業は停滞を迎える。
実際には、多くの日本企業の停滞は、人事制度に必ずしも影響されたものではなく、またバブル経済の崩壊が原因でもない。しかし、長年にわたり右肩上がりの成長を継続してきた企業群が初めて直面した長期の停滞は、これまでの方法論を省みる転機となる。その結果、成果主義の導入、事業の再編、欧米的な資本制度の整備、税制度の改変など、数限りない試みが行われた。また金融機関の安全神話が崩壊すると同時に、多くの有名老舗企業が事業継続を断念、あるいは外資系企業や事業再生ファンドが新たな方法論を導入することで、多種多様な方法論が並存する時代となった。
こうした情勢の変化は、終身雇用、年功序列、企業別労働組合の神話を消し去るには十分なものであった。そこには、日産自動車や日本航空など、日本を代表する企業が経営危機に陥りながらも、その後、より個人の能力と成果に基づいた新しい制度設計を背景として復活する事例も重なりつつある。
株式市場のグローバル化と株式持ち合いの解消も背景として、短期的な利益水準に対する株主からの要請が強まっている。日本国外で優秀な人材を確保することがグローバルな競争を勝ち抜くためには必須の状況となりつつあるいま、伝統的日本企業も、単なる欧米の模倣ではない新たな制度設計の可能性を模索し始めているのだ。
現在から未来における変化
日本のみならず、全世界において、企業はさらなる自動化、そしてマス・カスタマイゼーション(個別大量生産)の潮流に晒されている。
経験を通じてシステムが学習し、判断や行動を進化させていくコグニティブ・コンピューティング、そうした高次元の人工知能や自動制御技術を搭載した機械装置が生産現場に続々と導入されている。無数に設置された小型のセンサーが生産のあらゆる側面をデータ化し、それらが無線ネットワークによってサーバーに蓄積され、その分析の結果が人の発想を超えた革新を生み出すと予想されている。
顧客趣向は、これまでにないほど複雑になり、そして一人ひとりの顧客が得られる商品やサービスに関する情報の質と量もともに、飛躍的に改善しつつある。競争の激化はサービス水準の向上につながり、顧客はより高次元の個客対応と、個別に特注された商品やサービスを求めるようになった。
すなわち、一方では、個別大量生産の複雑性を抱え、他方では飽くなき低価格化の要請に応えるために、生産現場はこれまでになく複雑化し、一度確立した提供プロセスでさえ、移りゆく顧客趣向により頻繁な変更を余儀なくされているのだ。
第四の産業革命が組織に何をもたらすか
こうした変化は、「第四の産業革命」であるとも言われる[注10]。そして、我々が協力関係にある企業群では、こうした変化に対応した抜本的な技術的革新の検討が開始されている。
処理能力やネットワーク技術は、これまでになく安価となり、信頼性が高くなり、製造から配送に至るまでの全プロセスとすべてのデバイスに搭載することが現実的となりつつある。これはInternet of Things (IoT:モノのインターネット)とも呼ばれ、それが取得できる膨大なデータをどのように活用するかの模索が各所で進行している。膨大な数のデバイスが収集する情報が企業経営に活用されたとき、人間の処理能力を超える量のデータがどのような意味合いを導き出すのかは、まだ不透明である。
こうした大量のデータは、半自動的に学習するアルゴリズムを搭載したプログラムによって解析されることが期待されている。こうしたプログラムには、人間の認知限界を超えた判断や検討が行える可能性がある。伝統的な顧客セグメンテーションは、もはや時代遅れとなるかもしれない。それこそ、それぞれの顧客の性質に基づいたマーケティング施策の個別の調整や、製品やサービスの微調整や改変など、大規模に展開する事業ではとても対応ができなかった粒度での事業運営の可能性がある。
それらの技術を活用する企業は、大量に提供される商品やサービスに個客対応、個品生産の概念を導入できる。マス・カスタマイゼーションは、単に製品やサービスのみならず、顧客サポートやマーケティングなど、事業のあらゆる側面に影響を与える。
その導入には当然、企業がどのように顧客の要請に向き合うのかに関する、根本的な再設計が必要となる。そして、その再設計はもちろん、組織の人的資源管理に抜本的な変化を求めるだろう。
技術変化による人材余剰
こうした技術変化は、これまでの産業革命と同様に、付加価値生産のプロセスにおける人間の役割を変化させる。それは企業が必要とすべき人材像の変化につながり、繰り返しになるが、組織の人的資源管理のあり方にも抜本的な変化を求めることになる。
すなわち、企業は技術進化によって促進される新たな生産と消費の常識に対応できる能力、行動様式、知識を持った人材を採用し、養成し、そして活用できる制度設計を速やかに進めなければならない。
最近発表されたオックスフォード大学マーティンスクールの予測では、企業の企画と運営の中核を担ってきた、ホワイトカラーとも呼ばれる職種の実に47パーセントが、今後20年以内に消失する可能性があるという[注11]。この予測が示しているのは、世界中の企業が今後、人的資源に関する戦略と投資の重点を確実に変化させていかなければならないという事実である。新たな競争環境は、まったく新しい多様性を持った人材と、それを統治する新しい企業システムを必要とする。
オックスフォード大学マーティンスクールの予測する世界において、個人が生き残らなければならないのと同様に、組織も現在とはまったく異なる、未来の経営環境に最適化された組織構造に転換しなければならない。これは、特に日本企業だけではなく、世界のあらゆる企業にとって然りであろう。
新時代のネットワーク型組織構造
多くの研究者たちが、新たな時代のグローバル化された組織が、階層構造よりもネットワーク型の組織構造を持つと予測している[注12]。我々は、そうしたネットワーク型の組織が、多数の異なる特性を持つ人材によって構成されると考えている。そして、その多様な人材群は根源的に二種類に分類できると予測した。それは、「業績を担う人材」と「変革を担う人材」である。
ネットワーク型の組織は、役員会議室での意思決定が階層構造をつたって伝達されるような、意思決定が一部に集中した組織とは正反対に、情報と知見が広く組織内に分散して存在するエコシステムのような形態を取るだろう。この組織は主に、非公式に統治される。すなわち、硬直的な公式なシステムではなく、流動的な個客趣向の変化に合わせて迅速にその人材、チーム編成、組織適性を変容されうる柔軟性を持った組織である[注13]。
そのような組織は、単一企業によって構成されるのではなく、技術革新と製品やサービスの提供の両面において、いままでよりも強く外部の人材や取引先に依存し、それを活かすことで単一組織の可能性を超える組織となる。そうして多数の異なる組織の集合体となることで、組織文化や価値観といった、人々の行動を間接的に統制する非公式の組織統制が、規則や規定などの硬直的な指針よりも重要となるだろう。言い換えると、硬直的な公式の組織指針は、組織間の協調や組織の柔軟性、そして個々人の自由な裁量など、不確定性の高いこれからの経営環境に必要な人材の特性を抑圧する。
そして、このような新たな時代のネットワーク型の組織では、統一された組織文化や価値観のもと、業績を担う人材が目の前の成果をもたらし、変革を担う人材が未来に必要とされる変化をもたらしながら、相互に独立し、しかし協調しながら組織を前進させていくことになる。
[注9]伊藤秀史『日本企業変革期の選択』(東洋経済新報社、2002年)
[注10]Schwab, K., 2017. The Fourth Industrial Revolution. Penguin UK.
[注11]Frey, C.B. and Osborne, M.A., 2017. The Future Of Employment: How Susceptible Are Jobs To Computerisation?. Technological Forecasting and Social Change, 114, pp.254-280.
[注12]Heckscher, C., and Donnellon, A. eds., 1994. The Post-Bureaucratic Organization. New Perspectives on Organizational Change. SAGE Publications, Incorporated.
[注13]Prahalad, C. K., and Krishnan, M.S., 2008. The New Age of Innovation: Driving Cocreated Value Through Global Networks. New York: McGraw-Hill.