未来を指向した人材活用の哲学

 同時並行で進行する数々の破壊的な変化の最中において、我々が議論を重ねる企業の中には、未来志向の新たな取り組みを前進させる企業がいくつか存在する。こうした企業の共通項として見られるのは、「業績を担う人材」と「変革を担う人材」という二つのまったく異なる性質を持つ人材群を同時に利活用し、短期的な成果と長期的な変化の難しいバランスを実現する、ハイブリッド型の人材活用の考え方の採用である[注14]。

業績を担う人材とは

 業績を担う人材を、我々はパフォーマー(Performer)と呼んでいる。

 パフォーマーは、短期的な業績の最大化に注力する。それゆえに、明確に定義された計測可能な経営目標を達成するために、短期的な契約によって雇用される。その焦点は具体的な販売施策の立案、コスト管理の徹底、需給バランスの調整により、競合他社を上回る実績を生み出し、数値で目に見える短期的な営業成果につなげることである。それに対する人事制度は、採用から評価に至るまで、それを担う人員が共通の目標に向かって協働できるように整備され、また実績が高く評価される枠組みで運営される。

 パフォーマーに求められるのは、設定された目標に対して最大の生産性を発揮することである。こうした人材の評価は、財務数値などの明確に計測可能な経営目標によってなされるべきであり、また、その報酬もそれに紐付いた金銭的インセンティブを中心に設計される。彼らに求められる能力は、「なぜ」や「どうして」など与えられたシステムの改善を促すことではなく、決められた施策、プロセス、目標に対して、できる限り最善の成果を届けることとなる。パフォーマーは、可能な限りみずからの能力をストレッチし、成果を最大化させるべく努力を惜しまない強靭なメンタルを持つ。

 組織はこうした人材に対して、達成可能かつ意義のある、明確だが困難な目標設定を行い、彼らのモチベーションを最大化させうる優れたミッションとビジョンを示す必要がある[注15]。

変革を担う人材とは

 変革を担う人材は、トランスフォーマー(Transformer)とも呼べる人材である。

 トランスフォーマーは、組織の長期的な成長を指向した取り組みに振り向けられる。すでに述べたような流動的な競争環境においては、顧客はより多様性に富んだ、一人ひとりの趣向と、その継続的な変化に対応した商品やサービスを求めるようになる。それと同時に、製品サイクルはさらに短くなり、非伝統的な競合の参入も活発となり、それに対応するために企業はたえず迅速に自社の方向性を変化させなければならない。

 こうした競争環境では、伝統的な規模の経済の追求よりも、関係の経済(economies of association)とも呼ぶべき、顧客との継続的な関係性の刷新が必要となるだろう。そのためには、企業はそのビジネスモデルや製品・サービスを改め続ける必要に迫られる。これまでになく早い変革が求められるがゆえに、これまでにないほど、その変革を担う人材に対する需要も増大していく。

 トランスフォーマーは、事業の改善に向けての変革を行うことを期待され、その役割が与えられた人材である。変革はもはや経営幹部だけの仕事ではない。古くからある組織のように、意思決定権を持つ人物が上層に集中している構造ではもはや物足りない。トランスフォーマーは、組織のあらゆる部署、あらゆる階層に張り巡らされる。彼らは単に理想論を唱えるだけではなく、現実の複雑性を理解し、理想と現実の狭間から最善策を立案し、それを実践できる人物である。そして、戦略的なプロジェクトにたえず取り組み、組織の継続的かつ迅速な変革を促進させる。

 パフォーマーとは異なり、彼らの仕事は明確な数値目標では管理できない。トランスフォーマーは、集団として協調し合いながら組織の変革を進めていくことで、複雑な将来のシナリオに対して組織が柔軟に対応していくことを可能とする。そこには思想的なリーダーシップが必要とされ、階層的な階級に基づいた命令ではなく、人と人との信頼関係に基づいた組織への影響力が求められる。高く評価されうるトランスフォーマーは、組織内部に高度に張り巡らされた信頼のネットワークのハブであり、たえず自己成長を遂げながら、その行動を組織の未来と重ねる人物である。

二つの人材群が協業する組織

 伝統的に、パフォーマーとトランスフォーマーは、組織的には明示的に区別されてこなかった。たとえされていたとしても、それは組織の公式な階級による区別である。

 欧米においてもアジアにおいても、組織階層の上部の人材が組織全体の方向性に影響を与え、組織階層の下部の人材は指示の実行をできる限り効率的に行うことが求められてきた。一部、高業績を担いながら組織変革を断行できる人材は存在したが、それはあくまで例外的存在にすぎなかった。

 だが、こうした伝統は、未来の組織では変化を余儀なくされる。我々の調査から得られた初期的な知見から鑑みるに、トランスフォーマーとパフォーマーが独立的に、しかし相互に協調し合いながら未来の組織を運営していくことは、十分に可能であると考えている。

 たとえば、英国のエンジニアリング企業であるロールス・ロイスの事例がある。同社は過去15年にわたり、顧客企業に対して単なる製品ではなく、ソリューションを提供することに多大な投資を行ってきた。その鍵となったのは、組織横断的な問題解決を、同時並行的かつ自律的な従業員の連携によって実現することであった。

 同社のマトリックス型の組織構造は、顧客と対面する世界中の事業部間における、水平的な従業員のつながりと垂直的な従業員のつながりを促進させた。その組織構造は極めて複雑であるが、非公式かつ裁量的な従業員(すなわちパフォーマーとトランスフォーマー)の階層や部署を超えた無数の献身により、効率的な運営が実現している。

 異なる特性を持つ人材の協調的な貢献は、高いコミットメントを引き出す組織文化の醸成、相互の知見の効果的な交換、事業運営の柔軟性、さらには従業員相互の質と成果の検証を促進させている。組織があえて公式な規則や規律で従業員の活動を縛らないことにより、逆に世界を舞台として顧客に対して複雑なソリューションを提供する体制の構築に貢献している。

 ロールス・ロイスのある経営幹部は、従業員の裁量権を大幅に拡充し、全階層にわたって自発的な参加を促す文化を醸成できた背景をこう説明する。「我々は新しい商品の展開をこれまで以上に迅速化させるという明確な目的を設定していました。組織全体をその目標に注力させ、個別の問題に対して一つひとつ指示を出すのではなく、問題を解決したり意思決定をする際の考え方や哲学を示したのです」

 組織の非公式なつながりを重視し、パフォーマーとトランスフォーマーの間に形成された相互幇助のつながりを重視する事例は、ロールス・ロイスだけではない。たとえば、米国のデータベース企業であるオラクルも、社内での知見の共有を促進させるため、異なる人材群の間の非公式なつながりに積極的な投資を行った。

 オラクルは、企業向け市場における精力的なシェア拡大方針を背景として、近年、その主要ライバル企業であるSAPと同様に、ソリューションを基軸とした商品提供に軸足を変化させてきた。同社のコアビシネスであるデータベース事業と企業向けソフトウェア、さらにはコンサルティングを組み合わせた事業を推進する方向性を意味する。

 この変化は、2004年のピープルソフトの買収を代表とするような外部からの資源獲得と、社内資源を活用した段階的なサービス展開の修正の両面から進められた。同時に、各地域においても、その実践が地域それぞれの実情に合わせて展開された。たとえば、欧州・中東・アフリカ地域においては、オラクルの経営陣は定期的な事業開発状況の共有を行い、教育事業領域における可能性を確認しながら、本社の事業方針のうえで、現地市場の情勢に適応させた事業の軌道修正が行われた。

 こうした変化の基軸となったのは、公式の組織構造ではなく、非公式なつながりを軸とした外部の取引先企業との連携、そして、組織内部における階層や職務を超えたつながりによる情報交換と協調行動であった。そのつながりを通じて、従業員それぞれの意欲が増進され、また地域や部署を超えたノウハウの共有と活用が進展された。新しい商品、サービス、事業プロセスを導入するという明確でシンプルな目標のもとに、属人的なつながりと社外のネットワークが有効に活用され、その成果が後押しされたのである。

 オラクルにおける知識交換と相互協調の文化が醸成した背景には、経営陣による強いコミットメントがある。「バトルフィールドボーナス」と呼ばれる金銭的報酬の提供のみならず、人事評価の細部にわたり非公式なつながりが評価され、また、その重要性が定期的に経営陣から全社員に対して繰り返し伝えられている。

 また、“COP”(Communities of Practice)と呼ばれる組織横断的な知識創造の取り組みも、組織全体でつながりを醸成する取り組みの欠かせない要素である。組織的な枠組みで支援されたつながりが、事業に対する脅威や新しい事業機会を早期に認識し、それに対応するために必要な知見や経験の交換に貢献しているのだ。COPの一員となるには、上長の推薦か、みずからの立候補が必要となる。これはどの階級や部署からも参加が可能であり、こうした部署横断的なつながりの拡張が組織的に支援されている。

 非公式のネットワークにより相互に接続された未来の理想的な組織においては、パフォーマーとトランスフォーマーは協調し合い、ときに対立しながら組織を前に進めていく。パフォーマーは、事業の遂行に求められる迅速な資源の再配分と、不可欠な事業上の意思決定を矢継ぎ早に行い、設定されたターゲットとコミットメントに対して、短期的で目に見える成果を重ねる。またトランスフォーマーは、たえず既存の事業プロセスを刷新し、継続的に新たな発想を取り入れながら、組織階層をまたいで事業の未来を協調的に議論することで、中長期的な戦略的意思決定を担っていく。

 明確かつ厳しい目標設定と同時に、パフォーマーはそれを達成できなければ降格や退職に直面する。トランスフォーマーには明確な数値目標は与えられないが、その組織の哲学を体現できなければ、もちろん昇給も昇進も与えられない。

 なお、パフォーマーからトランスフォーマーになることも、その逆もありうる。しかし、その両者を両立する人材は希少であり、稀であろう。まったく異なる方向性であるがゆえに、それが一人の人間の中に共存することは難しい。むしろ、その二つの人材をつなげ、両者の協業により最大限の競争力を発揮するのが、来るべき時代に備えた新たな組織モデルである。

[注14]Trevor, J., and Kilduff, M., 2012. Leadership Fit for the Information Age. Strategic HR Review, 11(3), pp.150-155.
[注15]Vroom, V., 1964. Expectancy Theory. Work and motivation.