人事資源を戦略的に活用するために

 人的資源を戦略的に活用することは、特に複雑化し、変化が早く国際化した現在の経営環境では難しい[注17]。こうした環境を乗り越えるため、次世代のネットワーク型の組織は、それぞれが固有の特性を持ち、独特の形態を取るべきである。我々も、その組織の形に対して画一的な指針を示そうとは考えていない。

 しかしもちろん、それでもパフォーマーやトランスフォーマーに二分されるような多様な人材群を、有機的かつ戦略的に活用するためには、いくつか欠かすことのできない重要なポイントがある。ここからは、未来の組織で付加価値を創造できる組織構造に転換するための、人事戦略の意思決定における指針をいくつか提示したい。

1. 人事戦略の正しい答えは、自社自身のビジョン、ミッション、戦略を体現することである

 価値のある人的資源を扱ううえでは、正しい道も間違った道も存在しない。その戦略的な活用にあたっては、自社がどのような形で顧客に臨み、競合に競り勝とうとしているかが鍵になる。自社の独特な方法論や考え方を見直し、それに基づいた発想を落とし込んで制度に転換することが、第一の重要な哲学となる。

2. 外部採用と内部登用は、その最適な配合を見つけ出すことが必要となる

 企業は、外部で成長した人的資源も、内部で育て上げた人的資源も、その両方を活用して事業を展開しなければならない。さらには、多くの企業において、公式に定義されたキャリアパスの中で、人材をフルタイムに特定の職種に縛り付けるあり方にも変化が求められている。

 我々が考えるべきは、従業員という狭い定義の人的資源ではなく、求められる知見やスキルを提供できる人材がどこにいるかである。多くの知見やスキルは、組織の外から入手したほうが経済的である。希少価値の高いものも、低いものも、組織の境界、自社の従業員にこだわらずに、それを入手するための最適な手段を検討するべき時代となりつつある。

 たとえば、アマゾンの「メカニカルターク」では、外部の人材プールにオンデマンドでアクセスする手段を提供している。技術進歩による情報の可視化によって、伝統的な採用と教育に頼らずとも、必要な人的資源を入手できる可能性が高まっている。メカニカルタークではリクルーター、すなわち企業が、50万人以上、150ヵ国のタスカー(taskers)とつながっている[注18]。両者のマッチングは以前にも増して容易となり、これまでは検討されていなかった専門的な業務にまで、フリーランスの力の活用が進んでいる。

 社内を活用した人材育成が依然として重要であることに疑問の余地はない。特に、市場で簡単には手に入らないスキルを醸成するうえでは必須となる。しかし、不安定な市場において、変化の速度がいっそう早まるなかで、内部資源に対する過度の依存は企業の長期的生存を阻害する。あくまで両者のバランスを探り続け、最適な人材を最適な手法で入手するという基本に徹することが肝要である。

3. パフォーマーとトランスフォーマーを区別する

 この二つの人材群は、異なる採用、能力開発、キャリア形成、評価を必要とする。したがって、企業はこの二つの“部族”を効果的に区別する枠組みを組織的な構造と、その運用の両面から検討する必要がある。

 たとえば、組織構造上[注19]は、パフォーマーに対しては、より戦術的な、現場レベルでの意思決定や、特定の文脈から生じる不確実性を解消する役割を任せて、トランスフォーマーには、経営企画、長期戦略、変革のための短期プロジェクトを任せることが考えられる。また、特に変化の速度が早い経営環境においては、両者の役割、主導権を発揮する主体をかなり短期間で入れ替えていく機動的な組織運営も必要となるだろう。すなわち、その運用において、ある時期には、ある部門では、ある機能では、というように、二つの人材群のいずれかが責任を果たすように、組織内でその役割の組み替えを動的に行うことも効果的となるはずだ。

4. パフォーマーとトランスフォーマーを融合させる

 現代の企業は、多様性を内包することが求められる。特に困難なのは、パフォーマーとトランスフォーマーをいかに共存させ、その方向性を一つにまとめるかである。

 大量生産時代の人事政策は、人為的に人的要素を排除し、冷たく、標準化された形で運用されていた。組織内の人員を階層的に、安定した組織構造の中で、職責を右から左に移動させるような人事政策は現代には機能しない。こうした人事慣行の歪みは長らく、属人的かつ非公式な個々のつながりや協調によってごまかされてきたが、もはやそれにも限界がある。創造性、協調性、他者の尊重、目的の統一、それを組織の境界を超え、社外の関係者まで巻き込んで最適化させるためには、価値観を一つにするための方策を、より戦略的に推し進めなければならない。

 顧客と同じように、従業員のそれぞれについても、彼らが持つ個性、市場価値、戦略的価値によって異なる対応が求められる。一人ひとりが異なる役割を果たすがゆえに、それぞれ異なる待遇を求めている[注20]。できる限りそれを制度として推し進めると同時に、それと同じかそれ以上に重要となるのは、強い文化であり、組織の慣習であり、行動規範、ときに制度の論理とも呼ばれる、人の行動を規定する暗黙的な共通理解であろう。

 最終的に人を組織につなぎ止めるのは、その組織のビジョンであり、そこに集う人たちとのつながりである。定式的な解決策は、人間をつなぎ止めるうえでは有効には機能しないこともある。いかなる事例においても、組織の中核的な価値観こそが、その組織に時間を捧げる人材を惹きつける誘引となる。

 たとえば、英国の半導体企業であるARMホールディングスは、研究開発やイノベーションを担う人材を定期的に顧客企業に出向させている。出向させるまでは多くの他社事例があるが、同社はさらに、顧客企業の顧客企業にまで中核的な人材を長期間派遣し、自社が関わる世界的な価値連鎖の構造と変容について、できる限り大局的に把握しようとしている。

 それを可能としている一因が、同社が多大な労力を払って構築している、変革を促進する知識の再編と創造を促すための開かれた組織文化である。異なる組織に中核的な人材を派遣し続けながらも、その組織の一体感を保ち続けるためには、同社の従業員間の共通言語、社会的な修正、組織内での常識をたえず更新し続けなければならない。こうした文化の存在が前提にあるからこそ、同社の人材が組織の境界を超えてつながり合い、協調し合い、そして非公式なつながりによって一体感を保ち続けられるのである。

 ARMホールディングスはそのために、多大な経営資源を自社の社会資本、すなわち人とそのつながりの中に存在する知識の蓄積、その流れを支援する資源に投資している。

[注17]Lawler, E. E., Cohen, S. G., and Chang, L., 1993. Strategic Human Resource Management. Building the Competitive Workforce. New York: Wiley, 31, p.59.
[注18]以下を参照されたい。 https://www.mturk.com/mturk/welcome
[注19]こうした端的な分類は、多くの産業領域において有効に機能しなくなると考えられるものの、特に製造業、小売業の領域では依然として有効性を保持し続けると思われる。
[注20]Stahl, Günter, et al. Six Principles of Effective Global Talent Management. Sloan Management Review 53.2 (2012): 25-42.