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プライベートを犠牲にしてがむしゃらに働き、昇進して十分な給料をもらえても、ふとした瞬間にその生き方を疑問に感じ、燃え尽きてしまうことがある。プレッシャーの大きな仕事に従事して、仕事が自分のアイデンティティのすべてになっている人ほど、この状態に陥りがちだ。本稿では、仕事とアイデンティティの「エンメッシュメント」を防ぐ5つのヒントを紹介する。


 ダン(プライバシー保護のため仮名)は、本当ならボストンの大手法律事務所に出勤している時間だった。しかし、パジャマ姿で自宅のバスルームにうずくまり、ひげも剃らず、タオルに顔をうずめて泣いていた。

 異変は少しずつ始まった。法律事務所のパートナーを務めるダンは、とりわけ強引なクライアントと打ち合わせをしている最中に、ふと思った。「自分はどうしてこんなところにいるんだ?」

 その後は仕事が忙しくなるにつれて、焦りが募り、不快感を覚え、欲求不満が高まって、そして突然、気がついた。自分はいまの仕事に幸せも充実感もない──たぶん一度もそう思ったことはない、と。

 自分という人間のすべてを、仕事を中心に築いてきたダンにとって、そのように考えること自体が存在の危機だった。腕利きの弁護士でないのなら、自分はいったい何者なのか。仕事に費やしてきた長い年月は、すべて無駄だったのか。毎晩のようにオフィスで過ごさなければ、もっと友人がいて、幸せな家庭を持っていたのか。

 これは特別な話ではない。プレッシャーの大きい仕事をしている多くの人が、必死に働き続けて現在の地位を手に入れたはずなのに、自分のキャリアに満足していないのだ。仕事が嫌いになることもあるだろう。しかし、自分のアイデンティティと仕事がほぼ一致している人の場合、仕事が嫌いということは、自分が嫌いということになるのだろうか。

 他者や集団との境界線が曖昧になり、個人のアイデンティティの意味が薄れることを、心理学の用語で「エンメッシュメント(纏綿/てんめん)」と言う。エンメッシュメントは、安定して独立した自我の形成を妨げる。ダンは、プレッシャーの大きい仕事をしている多くの人と同じように、他者だけでなく、自分のキャリアとエンメッシュメントの状態に陥っていた。