プレゼンをやめにする

 投資家にプレゼンをさせることには、以上のような弊害を上回るビジネス上の恩恵があるのか。

 私たちが話を聞いたベンチャーキャピタリストの大半は、企業と創業者のことを詳しく知るために、プレゼンをさせる以上に有効な方法はないと主張した。しかし、我々に言わせれば、ベンチャーキャピタリストが直感的判断で選んでいるのが、ほぼすべて男性起業家だとすれば、その直感でどのくらい未来の勝者を選び出せるかは疑わしい。

 スタートアップ企業が成功するかを予測するための指標としては、CEOのプレゼン能力よりもはるかに重要なものがある。それは、初期の売上げデータだ。そのデータは、顧客ニーズ、商品と市場の適合性、マーケティングのスキル、見込み客の絞り込みの精度、顧客関係管理(CRM)の質、そしてCEOのチーム構築能力とマネジメント能力を知る手掛かりになる。それに基づく判断にバイアスが入り込む余地はない。

 私たちの調査によれば、最初に投資先候補の企業を審査するとき、データを重んじるベンチャーキャピタルが増えている。データ重視のアプローチを採用すれば、バイアスが介在しやすいプレゼンの影響を弱められる。しかし、このようにデータを重んじていると主張するベンチャーキャピタリストたちに、いまでも創業者のプレゼンを要求しているのかと尋ねると、たいていはいぶかしげな表情で「当たり前だ」と答える。

 ベンチャーキャピタルが最も優れたスタートアップ企業を選び、高い収益を上げることを目指しているのなら、創業者の性別とルックスが影響するとわかっているプロセスを採用するのは理屈に合わない。プレゼンを完全に廃止したほうがよい。

 いくつかのベンチャーキャピタルは、起業家のプレゼンを廃止して、目覚ましい成果を上げている。

「ソーシャル・キャピタル」というベンチャーキャピタルは、申請をオンラインで受けつけ、主に数字で評価を行うようにしたところ、投資先企業の40%を女性CEOの会社が占めたという(その後、このベンチャーキャピタルはまったく無関係の理由で閉鎖された。内部の人間関係が原因だった。しかし、後を引き継いだベンチャーキャピタルも「投資先候補の選定を主にアルゴリズムで行う」方針だという)。

 また、クリアーバンクなど、投資先企業の売上げの一定割合を報酬として受け取るベンチャーキャピタルは、「ベンチャーキャピタル業界の平均に比べて、女性が率いる会社への投資件数が8倍も多い」という。

 本稿の共同執筆者の一人(ハサン)が創設したベンチャーキャピタル、ロイヤルVCは、発足直後の70件の投資対象のうち37%が女性CEOの企業だった。ロイヤルVCは、起業家にプレゼンをさせる代わりに、ファウンダー・インスティテュートというアクセラレター(起業支援事業)の推薦により候補企業を選んでいる。

 ファウンダー・インスティテュートは、14週間の観察によってスタートアップ企業に評価を下す。高評価だった企業は、まず1万ドルの投資を受ける。その後、6~9ヵ月の適正評価を経て、さらに20万ドルの資金を受け取る。これ以降は、期待通りの成績を上げられれば、100万ドル、300万ドル、600万ドルが追加で投資される。

 ここで紹介したベンチャーキャピタルはいずれも、ことさらに女性起業家への投資を増やそうとしているわけではない。最も成功の可能性が高いスタートアップ企業に投資しようとしているだけだ。

 その目的を達成するために、起業家にプレゼンをさせるのではなく、実際の業績データを重んじるようにした。すると結果的に、投資対象企業のジェンダーバランスが目を見張るほど改善したのである。

 これらのベンチャーキャピタルが今後もずっと、プレゼン重視のベンチャーキャピタルよりも高い収益を得続けると結論づけるのは、まだ早い。初期のスタートアップ企業に投資するベンチャーキャピタルが1件の投資を完了するまでには、8~10年かかる。投資による現金収入を得られるのは、だいぶ先のことなのだ。

 それでも、現時点での結果を見る限り、期待は持てそうだ。創業者の性別より実際の業績に着目して投資するほうが、概して好ましい結果になると考えてよいだろう。