DHBR最新号の特集は、「顧客ロイヤルティ戦略論」の現代版です。ネット環境が整備されたことで、企業が消費者にダイレクトにつながるようになり、顧客接点が拡大した今日、企業は、どのようにして新規顧客を獲得するとよいのか。いかに既存顧客のロイヤルティを高め、顧客生涯価値を拡大していくべきか。そして、どういう方法で顧客ロイヤルティの測定精度を高め、顧客全体からの価値(資産)を投資家に開示し、企業価値を明らかにしていくかなどを提案します。
時節柄、読者の皆様も、読書の時間が増えていますでしょうか。感染症禍をどう考えるか、ということで、アルベール・カミュ著『ペスト』(新潮社)に注目が集まり、一部の書店では文庫部門でベストセラーになっています。私は再読に当たり、中条省平著『アルベール・カミュ「ペスト」2018年6月(100分de名著)』(NHK出版)の案内に頼りました。
カミュと言えば、不条理。『ペスト』では、ペストに罹患した子供が苦しみながら亡くなっていく描写や、医師会会長という権威がペストという言葉をどう定義するかにこだわり初動が遅れる様子など、随所に不条理を感じさせます。そして、想定外の出来事にどう向き合うかを、群像劇として描いています。
ペストや新型コロナウィルス禍は、確率論では捉えられない不確実性です。今日、金融・証券市場は、不意打ちを食らった形となっています。とはいえ、こうした想定外案件も、リスクとして制御できるように追究して来たのが人間の歴史です。
さて、最新号の特集第1論文の英文タイトルは、"Are you undervaluing your customers? It's time to start measuring and managing their worth"。既存の会計制度では捉らえられていない、企業価値の明示法を提案しています。企業価値は将来にわたる期待利益の総計ですが、利益は顧客の買いがあってこそ。その顧客の買いを、データに基づいて、いかに捕捉し、社外に示すかを論じています。
そして、企業が業績を高めるための戦略を提示しています。すなわち、顧客価値を測定する仕組みをつくり、その運用に必要なテクノロジーに投資し、デザイン思考を活かして顧客ロイヤルティを培い、顧客ニーズを柱にして事業を組み立て、組織とステークホルダーを巻き込むことです。
第1論文の筆者であるロブ・マーキー氏は、ベイン・アンド・カンパニーのパートナーで、同社の開発した「ネット・プロモーター・スコア」(NPS)が、顧客ロイヤルティの測定法として広く普及しています。あらためてその手法を解説し、今日的な意義を説いたのが、特集2番目の論文です。顧客ロイヤルティを向上させる経営に転換するため、先端テクノロジーや新たなマネジメント手法を活かして、組織を変革すべきことを推奨しています。
特集3番目の論文は、企業の内在価値を評価することに、顧客の指標を用いる「顧客ベース企業価値評価」(CBCV)を提唱します。新規と既存の顧客に分けて、それぞれの実数、平均収益、維持や獲得に必要なコストなどから企業価値を算出する方法を、いくつかの事例を示して解説しています。
こうした新たな価値情報の公開が、企業の透明性を高め、実際に投資家から求められていると主張するのが、特集4番目のインタビュー記事です。ザ・バンガード・グループの元CEOであるジャック・ブレナン氏が、顧客ロイヤルティを長年にわたって高めてきた方法と、時代の変化を話しています。
ネット環境とテクノロジーの革新が進み、顧客接点が無数に広がる今日において、顧客ロイヤルティ戦略がどうあるべきかを詳述するのが、特集5番目の論文です。コンテンツメディアやコンシューマーブランドにおけるマネジメントの第一人者である鳩山玲人氏に、その豊富な知見を存分に披露してもらいました。
一方、老舗企業キリンビールを復活させた事例が6番目の論文です。執行役員マーケティング部長の山形光晴氏が、顧客起点で考えるマーケティングの要諦や、ブランドをマネジメントする組織に変革したプロセスを明かしています。
本特集の背景には、既存の制度では隠れてしまっている価値をいかに捕捉するかという問題意識があります。それを経済全体で追ったのが、巻頭論文「デジタルエコノミーの隠れた価値を測定する方法」です。経済の見方をひっくり返す画期的な提言です。