クリスの例を見てみよう。彼の本業は弁護士で、フード業界のベンチャーをパートタイムで始め、やがて高級レストランを開いた。

 話を聞くと、最初は「本当に、ただの楽しみのため」だったと、クリスは強調した。週末に自宅の居間でディナーを提供するようになって1年ほど経つと、顧客たちがいつレストランを開くのかと尋ねるようになった。将来、店を出すときにはぜひ投資をしよう、と申し出てくれる人さえいた。

 クリスは初めのうち、このような申し出を真剣に受け取らなかった。しかし顧客から何度も繰り返し申し出を受けるうちに、いずれ遠い未来にと思っていたゴールが、目の前のゴールに変わっていた。

 彼自身がようやく気づいたのである。「私は本当にこれを仕事として営んでいるんだ。単なる趣味じゃない」。今日、クリスはサンフランシスコ近郊のベイエリアで、評判の高いレストランを経営している。

 こうした例から、パートタイム起業家のメリットは明らかだろう。

 第1に、憧れの職業を楽しみながら試すことができて、安全かつ限定された場をつくることができる。これが重要である理由は、いったんフルタイムの起業家になった後、投資家のような外部のステークホルダーと対峙するのに必要な自信をつけられるからだ。

 パートタイム起業家の第2のメリットとして、ベンチャーを「副業」とすることで少しずつ新規分野に参入し、業界内の他のプロに認識してもらい、他人から真摯な取り組みだと認めてもらえるようになる点が挙げられる。

 フード業界とはまったく異なる分野で本職を持っていた人たちにとって、業界内の人々から認められることはきわめて重要な点だったという。他にもいろいろあるが、これらに代表されるメリットゆえに、最初に起業家を「副業」としておくことで、実際にフルタイムの起業家となったときに生き残れる確率も高まる。

 アンダーグラウンド・シェフの事例から、起業への道は、仕事を辞めて事業計画を練り上げ、従業員を雇い、投資を受けるという王道だけとは限らないことがわかる。

 夢を追い求めている起業家は、誰もが従うべき唯一のアプローチなど存在しないことを、肝に銘じておくとよい。起業家への道はいくつもあり、その中には意図的ではなく偶発的なものもある。

 多くの場合、人は本業を別に持ちながら趣味の活動で力をつけ、時間が経つにつれて、みずからが起業家であると認識するようになるのである。


HBR.org原文:Turn Your Hobby into a Startup, March 19, 2020.


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