間違った対応を避ける

 まず、よくある3つの間違いを挙げよう。

 ●沈黙を守る

 社会的な事件の影響を直接受けない人がやりがちなのは、黙っていることだ。多くの白人は、偏見の持ち主だと思われるのが怖いので、人種の話題を避ける。そして、「肌の色は関係ない」という戦略を取る。自分には人種問題を話題にするスキルがないと思っているマネジャーも多い。

 だが、米国社会で起きている暴挙を完璧な言葉で語れる人間などいない。それでも試みて、全従業員(特に標的となるグループ)を気遣い、心配していることを伝えるのは、リーダーの仕事である。

 南アフリカでアパルトヘイト(人種隔離政策)廃止運動を指揮したデスモンド・ツツ大司教は、「不正義を前にして中立の立場を取ることは、抑圧者の側を選んだに等しい」と語っている。

 会社がダイバーシティを擁護する声明を出しているし、従業員のリソースグループが活発に活動しているからそれに任せたいと、あなたは思うかもしれない。しかし、それでは不十分だ。マーティン・ルーサー・キング牧師は、こう言っている。「結局、我々は敵の言葉ではなく、友人の沈黙を覚えているものなのだ」

 ●過度の自己防衛に走る

 人種に関する会話にアプローチするとき、もう一つ犯しがちなミスは、過度に身構えることだ。特に自分の世界観や立場、優位性に疑問符がつけられたり、否定されたりすると、私たちは自己防衛的な反応を示しがちである。

 米国の白人について研究するロビン・ディアンジェロは、「白人の脆弱性」という表現で、この現象に注目してきた。たとえば、白人警察官が丸腰の黒人を残虐に扱ったと聞くと、その黒人に同情したり思いやりを示したりするのではなく、そのような扱いを受けても仕方のないことをした証拠を探そうとする態度だ。あるいは、これほど多くの人にデモ行進をさせている不当な行為を議論するのではなく、略奪を働いている人々に注目して、抗議行動全体をおとしめる。

 リーダーは、こうした反応をしたくなる誘惑に抵抗しなくてはならない。それは建設的な関与につながらないだけでなく、標的グループの従業員に、一段と疎外感を覚えさせるだけだ。構造的な不平等に関する意見は、あなた個人に対する攻撃ではないことを忘れないでほしい。

 ●過度に一般化する

 人々の衝突を引き起こすような事件が起こると、それに関与する人を全員似たもの同士のように決めつける傾向が、世の中にはある。

 たしかに人種や性など、アイデンティティが同じ人には共通する経験があることも多いが、多様性も存在する。所属するグループが同じ人なら、考え方や感じ方は似ているに違いないと決めつけたり、「誰でも知っている」「みんな感じているか「そんなこと誰もしない」といった話し方をしたりせずに、反対意見が出てくる余地をつくろう。

 判断がつかないときは、従業員にどんな経験をしてきたかと直接尋ねればよい。変に問い詰めたり、同じアイデンティティグループの意見を代弁させたりせずに、いま社会で起きていることについて従業員の意見を聞く方法を考えよう。

 家電量販店ベスト・バイの経営陣は、全米の企業に先駆けて、ミネソタ州で黒人のジョージ・フロイドが白人警察官に膝で押さえられて死亡したことや、ニューヨークの公園でバードウォッチングをしていた黒人男性クリスチャン・クーパーが白人女性にハラスメントを受けたことや、ジョージア州でジョギングをしていた黒人男性アフマド・アーベリーが、銃を持った白人男性に殺されたことについて声明を発表した。その中で彼らは、米国は一枚岩ではないという事実にも触れている。

「こうした出来事について書くのは(中略)私たちのほとんどが、その恐怖がどのようなものかを知っているからではない。当社は集団としては白人が多く、ほとんどは、このような状況にある人を個人的に知らない。幸い、私たちのほとんどには、そのような経験がない。だが、地面に横たわり、息ができないと苦しみ、自分に脅しをかける相手を撮影するのは、ベスト・バイあるいは人生の友や同僚の誰かであったかもしれない。だから私たちは、この手紙を書いているのだ」 

 シティグループのマイク・コルバットCEOは、従業員に宛てたメッセージで、多くの従業員が日常生活で、あからさまに、あるいはさりげなく、人種差別を経験していることを認めた。「みなさんにわかってほしいのは、あなたの同僚と私は、いつもあなたの味方であることだ」と、コーバットは書いている。「米国で黒人であるとはどういうことか、私は共感する努力はできるが、その立場になったことはない」