イーロン・マスクの原動力
人類の危機をイノベーションで克服しようとする代表的な人物は、イーロン・マスク氏でしょう。氏が創業したテスラは7月1日、時価総額で世界トップの自動車企業となりました。投資家が将来の価値創造を認めているのです。
テスラの成長力は日本にいると実感できませんが、『シリコンバレーのVC=ベンチャーキャピタリストは何を見ているのか』(山本康正著、東洋経済新報社、2020年)では、米国での普及率の高さ、その理由や背景(製品の性能や利便性、社会インフラなど)が詳しく書かれています。
ソーラーパネルを併用した家庭用蓄電池など、マスク氏が展開する事業の全体像まで言及し、「発想のベースには、エネルギー問題があります。いずれエネルギーは枯渇する。そこから人類を救いたい」と、マスク氏の原動力が彼のパーパスにあることを説いています。
最近のベストセラー『FACTFULNESS(ファクトフルネス)』(ハンス・ロスリングほか著、日経BP、2019年)は、サブタイトルの通り、「10の思い込みを乗り越え、データを基に世界を正しく見る習慣」を薦めます。
同書は、人は思い込み(本能)が強いことを読者に認識してもらうべく、13個の質問を示します。回答3択形式なので、正解の確率は33%、平均正解数は4個のはずです。しかし実際の調査では、1~12の12個の質問では平均正解数は2個、正解率17%です。
この不正解率の原因は、思い込み(本能)にあるというのです。分断本能やネガティブ本能など、誤認を招く本能についての解説が、各質問の後に、著者の経験エピソードと共に出てきます。その本能を抑えるため、ファクトフル(事実に基づいて)で言動することを提言するのが、同書の主旨と私は考えます。
最後13番目の質問は、「グローバルな気候の専門家は、これからの100年で、地球の平均気温はどうなると考えているでしょう?」。回答選択肢は「A 暖かくなる B 変わらないC 寒くなる」の3つで、正解はA。この質問の後には、自分の中にある「焦り本能」に警戒すべし、と説きます。
紹介されるエピソードは、アル・ゴア米国元副大統領から地球温暖化問題の訴求を要請される話です。それまで12個の解説は、事象に対する「捉え方」に重きが置かれていますが、13番目では「伝え方」の方に注力しています。
自説を浸透させるために、人々の恐れを煽ってはいけないと、ゴア氏の要請を拒否するのです。
同書全体としては、世界の貧困や教育などについて、「状況は悪化しつつある」という人々の思い込みを抑える展開です。しかし、それでも、世界が心配すべき5つのリスクがあるとして、その1つに挙げるのが、地球温暖化です。
この問題を考える上での強烈なファクトは、所得レベル別1人当たりCO2排出量です。毎年の世界のCO2排出量では、所得上位10億人の排出量が全体の50%を占めるのに対して、最も貧しい10億人は1%。つまり、先進国に多く住む所得上位者への行動抑制のほうが、温暖化対策としては効果的なのです。
温暖化抑制策としては炭素税が有力とされますが、上記のファクトからすると、各国の1人当たりの国民所得に比例して税金を課す比例的炭素税こそ公平で、優位性がありそうです。これは、日本を代表する経済学者、故・宇沢弘文氏が提唱した制度です。
昨年ノーベル経済学賞を受賞したアビジット・バナジーとエステル・デュフロの新著『絶望を希望に変える経済学』(日経BP、2020年)も第6章で、炭素税負担とその税収の使用をいかに公平に行うかについて詳述しています。そして、技術革新や習慣変更を促す制度設計に、気候変動対策の光明を見出しています。著者らは、ファクトを基に、新しい経済学を切り開きます。
先日、私的な勉強会で、自然電力の代表取締役の磯野謙氏を講師に招きました。同社は太陽光や風力など自然エネルギー発電所の発電事業と電力小売事業等を展開しています。示唆深い話の中で特に印象に残ったのが次の2点です。
1つは、急激な技術革新等により、自然エネルギー発電の発電コストと小売価格が年々低下していて、一般家庭や中小・中堅企業の利用では既存の電力会社よりも安価な場合が多いが、この事実が社会にきちんと伝わらず、自然エネは高いという思い込みの払拭が課題ということです。
もう1つは、先進国を中心にEV(電気自動車)の普及を推進しているが、同時に、その電力需要の増加を火力発電など温暖化ガスが発生する発電で賄っては意味がない、ということです。
前述したイーロン・マスク氏の自然エネルギー構想に通じるものがあるのです。今月号の特集全体で言及していますように、世界中で、気候変動への対処が活発化しています(編集長・大坪亮)。