永守氏の凄さを体感する方法

 経済誌の記者や編集者という職業の役得は、凄い経営者から、ライブで、話を聞けることです。

 ファーストリテイリングの柳井正氏、京セラの稲盛和夫氏、セブン&アイHDの鈴木敏文氏などの方々に何回かインタビューする機会があり、その度ごとに、とても勉強になる話を頂きました。高齢者が多いのは最近の私の取材不足が原因ですが、凄い経営者が日本に減っている面もあると思います。

 久しぶりに凄さを感じたのが、日本電産の永守重信氏です。凄いという曖昧な表現であるのは、特筆すべきことが多面的・多義的だからです。

 時代変調を他者に先んじて感じて社員に指示を出す一方、50年先を見て投資する先見性。予測を的中させる精度の高い情報収集力。自らの考えに則って約12万人のグループ社員を動かし、成果を出す統率力。失敗した人事を即座に修正する冷徹性と信賞必罰を納得させる対話力。多くの危機を乗り越え、高成長を続ける体力と気力……。

 時にホラ吹きとも呼ばれる壮大な夢をマシンガントークで語る、熱量。これは、今回テレビ会議での取材でしたので、薄れるかなと予想していたのですが、そんなことはありませんでした。

 そして、これらの凄さは今や、誰もが体感できます。日本電産のウェブサイトで「2021年3月期第1四半期決算説明会 音声配信」を試聴してみてください。

 今号の対談記事を読まれてから、この配信を聞かれると、凄さが"立体的に"感じられます。

 例えば、オムロンから買収して昨秋にグループ入りした日本電産モビリティに、収益向上策WPRを導入して即座に効果があったのは、過去のWPRで具体的に何をしたかがきちんと記録されていて、それをそのまま実行すれば「工場の中に落ちている1万円札を拾うように」利益が上がるから、と説明します。

 モーター市場については、コロナ禍の影響で世界全体では悪いが、暑さ対策の送風マイクロモーター付きマスクなどの新しい需要が生まれており、日本電産はそれを取り込んでいる。工場も、例えばフィリピンでは他社は生産停止だが、同社は安全対策万全で、政府との関係が良いので、稼働している。大事なのは、今後どうなるのか、という視点で動くことと話しています。

 車載モーターについては、新社長の関潤氏(元日産自動車副COO)との掛け合いで具体性が増します。

 電気自動車(EV)の駆動モーターは、モーター、インバータ、減速機が三位一体となった同社のユニット製品の売上が、性能と価格で採用を判断する中国の完成車メーカーでは急激に伸びている。一方、欧米日の完成車メーカーでは自社に蓄積技術があるために、ユニット製品ではなくモーターのみの購入が好まれる。

 これは1980年代の家電と同じで、いずれ技術ではなく価格の勝負になる。日本電産は多くの完成車メーカーに大量に販売することで価格競争力が付いていく、とのこと。今月号で言及している「Nidec Inside」戦略です。顧客である完成車メーカーの虎の尾を踏みそうで、ぎりぎり止まるライブ感のある説明になっています。

 今はバッテリーが高いが、イノベーションは急に起きる。2025年が、(従来とは異なる次元に入る)EV市場の分水嶺。(ガソリンなど)内燃機関より価格が安くなる可能性は高い……などなど。

 「公開資料の棒読みより、質疑応答の時間を多くした方が良い」と、説明会の冒頭の永守氏の発言通り、1時間の説明会のうち45分間をアナリストとのQ&Aに使います。

 彼なりのストーリーを語り、聞く者を納得させてしまう。センスメイキング理論が当てはまる話力なのです(この理論についての詳細は、『世界標準の経営理論』(入山章栄著、ダイヤモンド社)のp425をご参照ください)。説明会翌日の7月22日、同社株価は急騰しています(編集長・大坪亮)。