
感染症の流行で不確実性がますます高まる中、大学で起業の理論を学ぶことに懐疑的な見方がある。また、成功を収めた起業家のほとんどがMBAを持っているわけでもなく、大学を卒業していない人も多い。ビジネススクールが現代に通用する知見を提供するには、伝統的なアプローチを見直す必要がある。本稿では3校のトップスクールの事例をもとに、アントレプレナーシップ論のあり方を模索する。
2020年4月初頭、筆者らによるアントレプレナーシップ論の講座を受講していたタイ出身の学生は、高品質で低価格の携帯用消毒ジェルが自国で不足していることを知った。新型コロナウイルスの感染拡大防止を支援しつつ収益を上げるべく、彼はただちにタイで家族が営む医療品メーカーの業態を変えて、消毒ジェルの製造を始めた。
米国内では、ニューヨーク大学のビジネスインキュベーターであるフューチャー・ラボから生まれたダラーライドが、パンデミックにより、ニューヨークで通勤用ワゴン車のライドシェア・サービスに対する需要がなくなったと気づき、ビジネスモデルを刷新した。同社は自前のワゴン車とテクノロジー、ルートを活用して、急増する宅配サービスへの需要に応えたのだ。
どちらも自社の方向転換(ピボット)を決断する際、ビジネススクールで教わる典型的なアプローチを取らなかった。つまり、長期視野に立った市場分析や事業計画の開発を行ったり、さまざまな代替案を検討したりしなかったのだ。
実際、そのような分析をやっていたら、短期的な利益が投資目的の変更を正当化するに値しないという結論に達していたかもしれない。あるいは、パンデミックの継続期間や世界で生産が回復する時期を推測する方法を求めて、袋小路に陥っていたかもしれない。代わりにこの起業家たちは、手元にあるリソースを元に行動を起こしたのである。
このような起業に対するアプローチは「エフェクチュエーション」と呼ばれる。これは行動を起こすために、知っていることと人、そして自分自身を活用することでもある。
ビジネススクールでは一般に、このようなアプローチを教えていない。時間のかかるリスク・リターンの計算に焦点を絞る傾向にあるからだ。しかし、先行きがますます不確実で複雑化するいま、ビジネススクールは新たな教育原理を採用し、起業家精神を備えたアジャイルな(俊敏な)リーダーの育成を目指すべきだろう。
ビジネススクールは起業を教えられるのか
現代のMBAプログラムは、教室での従来型の講義からスタートアップ・コンテスト、インキュベーターに至るまで、さまざまな起業プログラムを提供している。しかし、果たして研究者が、教室で起業について教えられるのかという懐疑的な見方も少なくない。
幾多の成功した起業家は、ビジネススクールに通ったことがない。大学さえ卒業していない者も少なくない。さらに言えば、起業家精神の発揮に必須とされる想像力や破壊力、反直観的な行動力の開発は、抽象的な分析モデルや正確な計算を本質的な特徴とする典型的なビジネススクールのカリキュラムの枠にうまくおさまらない。
それでも多くのビジネススクールは、起業の世界で果たせる役割があると感じており、今日の学生のニーズに応えられるようカリキュラムを改良している。
筆者らは最近の研究で、北米トップ3のMBAプログラムを対象に、この問題に対するアプローチの理解を深めようと努めた。いずれのビジネススクールのプログラムも似通う傾向にある中、本稿で紹介するプログラムは、起業について教えるべく古い慣習を打破し、独自の基本原理を構築していることがわかった。