筆者らの主たる前提は明快だ。今後の未来はこれまで以上に曖昧で不確実なため、未来に向けての確かな一手は、従業員の再教育とスキル向上に注力し、変化にうまく適応できるよう準備させることである。

 人々はこれまでの努力によって、デジタル化とバーチャル化が進んだ現在の世界に適応できている(見落とせない事実として、筆者ら2人は物理的に隔離状態で本稿を書いており、おそらく読者も同様の状態で読んでいるだろう)。

 この傾向が近い将来になくなったり逆行したりする理由は、ほとんどない。それどころか、人々の仕事、業務、活動、キャリアのさらに多くの部分で、デジタル空間で共存するための巧妙で新しい手段が見出されていくはずだ。

 リーダーがこの事態に備える方法として、以下を提案したい。

 ●人を最優先にする

 テクノロジーとは常に、より少ないリソースで、より多くを達成する手段である。とはいえ、それが奏功するのは、テクノロジーを人間の適切なスキルと組み合わせる場合に限られる。

テクノロジーによる破壊的変化は概して、自動化、そして時代遅れの仕事の消失をもたらしてきた。その一方で、常に新しい仕事も生んできた。イノベーションが一般的に創造的破壊といわれるのは、それが理由だ。

 ただし、イノベーションの「創造的」な側面は、すべて人に依存している。人間の適応能力を活かして、従業員の再教育とスキル向上が実現できれば、人間とテクノロジーを同時に拡張できる。

非常に単純な話だが、どれほど素晴らしいイノベーションでも、人々がそれを使いこなせなければ意味はない。そして、どれほど明晰な人間の頭脳でも、テクノロジーと組み合わせなければ有用性は下がる。

 すなわち重要なポイントとして、リーダーは技術投資を検討するとき、まずはその技術を活かせる人材に投資することを考えるべきなのだ。

 ●ソフトスキルを重視する

 デジタルトランスフォーメーションで技術よりも人が重要であるのと同様に、技術面においてカギとなるのは、ハードスキルよりもソフトスキルである。

 たしかに採用市場で熱望されているのは、サイバーセキュリティのアナリスト、ソフトウェアエンジニア、データサイエンティストだ。しかし、筆者らが以前のHBR記事「大学の学位は今日の仕事に役立つのだろうか」で論じたように、「次世代」のITスキルを習得できる人材のほうが、もっと必要である。

 これと矛盾するように、高等教育は常に後手に回っている。なぜなら、大学は雇用主側の要求を踏まえ、それに追従して関連する科目と履修課程を提供する。そして将来的に、それらの分野で人材の供給過剰が生じるのだ。

 自社をよりデータ中心でデジタルな組織にする最善の方法は、適応能力、好奇心、柔軟性が最も高い人材を第1に選んで、投資することだ。未来にどんなハードスキルが重要となるのかは、誰にもわからない。したがって最善の策は、それらのハードスキルを習得する可能性が最も高い人に投資することである。

 人材育成に関する筆者らの哲学は、ソフトスキルの潜在能力と、ハードスキルの知識という両面を合わせて重視することだ。高度の学習意欲(つまりハングリー精神)がある人を選び、彼らの興味関心を、需要のあるスキルとマッチングする。そして、それらのハードスキルが間もなく時代遅れになる可能性も認識しておく。

 重要なのは、彼らの好奇心がずっと失われないという点だ。技術的能力は一時的なものだが、知的好奇心は永続的でなければならない。