
ベンチャー企業にとって、市場の急激な変化に直面した時には、迅速にコストを削減し、ビジネスモデルを方向転換するのが定石となっている。だが、コロナ禍によって大きな打撃を受けた業界にもかかわらず、あえて自社の方針を維持し、成長を遂げた企業がある。筆者らによれば、そうした企業が取った行動には、いくつかの共通するルールがあるという。危機が訪れたからといって型通りに動くのではなく、自社にとって何が最善かを問い、必要な行動を見極めるにはどうすればよいのだろうか。
2020年に入って新型コロナウイルス感染症のパンデミックが起きると、創業まもないベンチャー企業は市場の劇的な変化に直面し、戦略的なアジリティ(敏捷性)の重要性は自明のものとなった。
自身のベンチャー企業を存続させたい、ましてや成功させたいと思っている起業家に対して、筆者らも含む専門家のほぼ全員が、新しい市場やビジネスモデルへのピボット(方向転換)を伴う内部コストの大幅削減を提唱した。
カリフォルニアに拠点を置き、テクノロジー企業に特化したベンチャーキャピタル、セコイア・キャピタルは3月、ミディアム(Medium)への投稿で、新型コロナウイルス感染症を「2020年のブラックスワン」と呼び、「変化する状況に対して、迅速かつ決然とした調整を行うことを後悔する人はいない」と説いた。
しかし、筆者らの投資ポートフォリオとネットワークを通じてよく知るベンチャー企業、具体的にはホスピタリティ、旅行、家具など大きな打撃を受けた業界の資金力豊富なスタートアップは、自社の安定性を高めるための戦略的アジリティ(プロダクト・マーケット・フィットの改善)を避けていた。調整はわずかに留め、あえて自社の方針を堅持していたのだ(筆者のアイゼンバーグは、ゲスティ〈Guesty〉、X24ファクトリー〈X24 Factory〉、キャンプ〈Camp〉の少数株主〈1%未満〉である)。
その例が、以下の企業である。
・バルセロナを拠点とする法人向け旅行サービスプラットフォーム、トラベルパーク(TravelPerk)は、シードおよび事業拡大の資本として1億4000万ドルを調達した。
・ベルリンを拠点とし、欧州の家庭用家具のオンラインマーケットプレイスを運営するX24ファクトリーは、欧州の個人投資家とファンドから1300万ドルを調達した。
・テルアビブを拠点とし、エアビーアンドビーなどを利用する短期民泊運営会社の日常業務を自動化・効率化するグローバルプラットフォームのゲスティは、2014年にYコンビネーターを卒業して以来、6000万ドル以上の資金を調達している。
市場の混乱にもかかわらず、トラベルパーク、X24ファクトリー、ゲスティはいずれも、意識的にピボットしないという決断を下した。戦略やビジネスモデル、チームについてはわずかな調整を実施しただけで、自社の戦略を意図的に維持した。