Richard Drury/Getty Images

株主資本主義の弊害が、至るところで露呈している。四半期ベースで利益を追求し、経営者が高額な報酬を奪取するのは、長期的な成功に必要な条件を破壊する「森林皆伐」と同じだと筆者らは指摘する。さらに今回のコロナ禍で、企業がリスクを社会化しながら利益を私有化する構図があらためて浮き彫りになった。納税の公平性を妨げる「不正なルーレット」は、必要不可欠な政治的インフラに致命的な打撃を与え、それがビジネス界に悪影響を及ぼす。いまこそ、持続可能な資本主義を目指し、安定した政府、経済の繁栄、健全な中流階級を取り戻す時である。


「株主資本主義」をめぐる議論は、資本主義が著しく軌道から外れていることをビジネス界が認識しているという心強い証左である。批判が明らかなのは、CEOは利益を追求するには格好の位置にいるものの、環境や多くの異なるステークホルダーのニーズを熟考して、バランスを取ることには適していない点だ。

 これは『ニューヨーク・タイムズ』紙の説得力ある指摘の通りだ。いまのところ、株主資本主義を引き続き受け入れるのは、明らかに現実と矛盾している

 必要なのは、CEOに計画立案を集中させるのではなく、持続可能な資本主義へと進化し、この数十年続いてきた「焼き畑式資本主義(slash-and-burn capitalism)」から脱却することだ。

 1980年代以降、四半期ベースで利益と高い報酬を追求する過程で、資本主義の機能不全が浮かび上がってきた。それが経済にもたらす影響は、森林皆伐と同じだ。短期的な利益を過度に重視することによって、長期的な成功に必要な条件を破壊している。

 もっとも、資本主義を再発明する必要はない。ただ、資本主義を実践すればよいのだ。つまり、市場のメカニズムを受け入れ、経済が好調な時に政府の介入を非難する企業は、苦境に陥ったからといってルールを変えるべきではないということだ。

 企業がリスクを社会化しながら利益を私有化することは、資本主義ではない。それは不正なルーレットだ。

 そして同じくらい重要なのは、資本主義を実践することは、ほかの利害関係者を犠牲にして株主に利益をもたらす政府の特別待遇を要求することではないということだ。資本主義の実践とは、政府をビジネスにとって不可欠なパートナーとして扱うことであり、ビジネスを可能にする物理的・社会的インフラと政治的な安定性を支える存在と見なすことである。

 リスクを社会化しながら利益を私有化する構図は、2008年の金融危機にさかのぼり、現在の危機まで続いている。

 米国においてコロナ禍で導入されたパンデミック失業支援(PUA)は独立請負業者が対象だが、米企業が払う税金を財源とする失業保険は雇用者に分類される労働者のみを対象としている。したがって、ギグワーカーに依存する企業は失業保険のコストを事実上、納税者に転嫁していることになる。

 企業はこれまで、自社で働く労働者がメディケイド(低所得者対象の公的医療保険制度)をはじめとする各種プログラムの受給資格を得られるように給料を抑え、健康保険のコストを米国の納税者に転嫁してきた。実際、従業員が会社の福利厚生から政府のプログラムに移行しやすくするサービスを提供している企業もあり、全米で利用されている。

 最もわかりやすい例は、航空会社だ。好景気の間は、民間企業であることを理由に、利益を自分たちのものにする。しかし、パンデミックが旅行業界を直撃すると突然、航空会社を救うことは公共の利益につながるという理由で、巨額の救済措置を要求した。

 これは2008年と同じように、資本主義を機能させるインセンティブの構造を弱体化させるモラルハザードを生じさせている。