野中郁次郎氏の"知的コンバット"を味わう
特集「人を活かすマネジメント」の関連名著と言えば、『トヨタ生産方式』(大野耐一著、ダイヤモンド社)です。1978年刊で約50万部発行。今なお売れ続けているベストセラーで、読まれた方も多いでしょう。
米国発の古典は、『科学的管理法』(フレデリック・テイラー著)。原書は1911年刊で、翻訳書は2009年にダイヤモンド社から新訳を発行していて定期的に重版しています。
両書は、国も時代も著者の属性も違いますが、優れた共通点があります。生産性向上を目途に、生産現場をじっくり観察し、考察を深めた画期性です。また、共に、マネジャーの重要性を訴えています。
『科学的管理法』では、マネジャーは「現場作業を観察し、部下と協力して科学的手法を開発し、個々の部下に合わせて指導する」べきであるとして、スポーツにおけるコーチの役割を想起させます。
同書の前半では従業員本位の自主性を否定するのですが、後半では現場からの改善提案を奨励しています。それをマネジャーがどう活かすかが問われています。
マネジャーを観察して、特性を明らかにした秀作が『マネジャーの仕事』(ヘンリー・ミンツバーグ著、白桃書房)。原書は1973 年刊です。マネジャーに密着して仕事ぶりを記録し、帰納的に論じます。
『科学的管理法』を評価し、その継承者がコンピュータを活用して発展させたと著わし、「ミドルマネジメントの定型業務の多くはコンピュータが実行するようにプログラム化が可能である」と分析します。
一方、「上級管理職の行動では明確にプログラム化されているものはほとんどない」と、著者自身の実態調査から主張します。マネジャーを経営者からどのレベルの管理職までと捉えているかは不明ですが、ミンツバーグ氏は、定型化した経営手法を学んだ証であるMBAを振りかざすマネジャーには批判的です。
最新刊『これからのマネジャーが大切にすべきこと』(ダイヤモンド社、2021年2月17日発売予定)では、「マネジメントは頭で考えることからではなく、現場の観察と行動から始めるべきで、そうすれば戦略は自然に生まれる」と断じて、独特のマネジャー論を展開します。
野中郁次郎氏も、膨大な実証研究を基に理論を構築する経営学者です。特集で一端が明かされますが、欧米の学者にはない魅力は、哲学をベースにした理論化。竹内弘高氏との共著『知識創造企業』(1996年)と続編『ワイズカンパニー』(2020年、共に東洋経済新報社)がその典型です。
両書では1章分でまとめられた哲学と経営の関係をより詳しく知りたい方には、『構想力の方法論』(紺野登共著、日経BP、2018年)もお勧めです。次代を拓く知力として「構想力」を位置付け、カントやフッサール、ポランニーなどの哲学をもとに論述します。
「自分の初期状態の主観から発して、自分だけの主観を超えて、他者とも共有できるような客観的な主観性を得ること、これを可能にするのがカントから始まる構想力。複数の主観が、共通の、つまり客観的な志向対象を共有しているという状態に対して、現象学の始祖フッサールは『相互主観性』という概念を生み出した」という前半から、後半は時空間を広げ、「過去から現在を再発見し、その現在から未来を見通して望む未来を創造する力としての『歴史的構想力』」へ、ダイナミックに論を展開していきます。
さらに現象学と経営学の関係を深く論じた『直観の経営』(山口一郎共著、KADOKAWA、2019年)を読みますと、いずれも持論通り、共著者との間で知識創造を実践しているのではないかと想像されます。
これらの書籍を読むと、野中氏が重きを置く"知的コンバット"の醍醐味を味わうことができます(編集長・大坪亮)