誰もがイノベーションの当事者

 ピーター・ドラッカーは著書『マネジメント』で、「企業の目的は顧客創造であり、企業が持つ2つだけの基本機能はマーケティングとイノベーション」と指摘。『イノベーションと企業家精神』(共にダイヤモンド社)では、イノベーションを生み出す原理と方法を示しています。

 イノベーションを起こす7つの機会として、組織や産業の「内部」での変化((1)予期しない成功や失敗、出来事、(2)ギャップの存在、(3)ニーズの存在、(4)産業構造の変化)、「外部」での変化((5)人口構造の変化、(6)認識の変化、(7)新しい知識の出現<科学・技術上の発見など>)を指摘します。

 社会的イノベーションの成功例に近代日本を挙げるなど、事案と切り口が斬新で、『イノベーションと企業家精神』を読むと、誰もがイノベーションの当事者である、と考えられるようになるでしょう。

 また、上記は、(1)から(7)へと信頼性と確実性の評価が下がり、技術革新への偏重傾向に一石を投じるところを感じます。名著の中の名著と思いますが、今日の最大の変化である気候変動を前にしたら、ドラッカーはどう考えたでしょうか。

 気候変動対応として、1月の本ブログでは、斎藤幸平著『人新世の「資本論」』(集英社)の「脱成長コミュニズム」論や、クラウス・シュワブほか著『グレート・リセット』(日経ナショナル ジオグラフィック社)の技術革新の解決策を紹介致しました。

 今回は、アンドリュー・マカフィー著『MORE from LESS(モア・フロム・レス)』(日本経済新聞出版社)です。人類は、より少量の資源からより多くを得られる(原題の意味)ようになり、経済成長と地球環境は両立できると主張します。

 本書ではまず、米国の1900~2015年で、GDPの成長と、金属消費量・エネルギー総消費量・CO2排出量の変化を比較すると、両者は共にずっと拡大してきたが、2000~2008年頃を境に後者だけが減少に転じているデータを示します。

 「脱物質化している」と著者が言う、このファクトの主因は、(1)テクノロジーの進歩です。それは、(2)資本主義、(3)市民の自覚、(4)反応する政府、が揃ったことで実現している、と論じます。

 要約すると、「企業が競争で勝ち残るため、コスト削減努力として、テクノロジーが進化し、社会全体の脱物質化が実現。そのためには市場が健全に機能する資本主義が前提となるが、公害や独占などの"市場の失敗"に対しては、それを自覚した市民の抗議の意思表示と、それに反応する政府による規制で対処する。これらの4要素が揃うことで、経済成長と地球環境が両立する」となります。この解説過程で、イノベーションの意義を論じます。

 資本主義には、市場原理主義から社会民主主義まで幅があり、その範囲の中で、民主主義に基づく政府と市民によって選択される、ということです。

 過去多くの人が展開してきたロジックであり、前提となるMORE from LESSの検証も必要であり、釈然としないかもしれません。この点を同書では冒頭と最終章で言及し、意見対立の分断を超えて、人類最大の難題克服を呼びかけています。

 イノベーションは必ずしも技術革新ではないと多くの人が論じてきましたが、気候変動という難題を前に、技術革新を再評価すべきではないでしょうか。

 そこで最後に、世界の技術革新の動向を把握するための書として、『スタートアップとテクノロジーの世界地図』(山本康正著、ダイヤモンド社)を推薦致します。

 山本氏は、この1年間で6冊の書籍を著す、現代テクノロジーの伝道師。いずれも秀逸な内容ですが、上記はカラフルなデザインで最も読みやすいと思います(編集長・大坪亮)。