自分らしくあることが最もパワフルだ

 白人の多いIT企業に入ってきたすべての黒人に、私が最初にアドバイスできることは、周囲に合わせて自分を変えるべきではないということだ。

 私は社内で数少ないアフリカ系米国人の一人として、自分という人間や、自分がどう感じているかを軽視したことが何度もあった。コードスイッチ(言語やアクセントを切り替えること)をしたり、マイクロアグレッションを無視したり、プロフェッショナルではないことをやり過ごしたりした。

 なぜなら、周囲に溶け込みたかったからだ。排除されたり波風を立てたりしたくなかったし、そんなことをしたらクビになるかもしれないと恐れていた。

 しかし、それには結果が伴った。同僚たちは、私の周りで人種差別的な冗談を気軽に言った。「パトカーのサイレンが聞こえる。ルロンを逮捕しに来たんだな」などと言って笑いをとっていた。黒人に対するこのような発言は珍しいことではなく、問題にされないことも珍しくなかった。

 私は、仕事用とプライベート用の「2つの仮面を着用する」ストレスを常に感じていた。W. E. B. デュボイスの言う「二重意識」、すなわち社会の目と自分の目を通して黒人として生きるということが理解できた。

 職場で「自分を縮こまらせる」ことに嫌気が差すまで、10年かかった。私は自分のために、そして人々のために声を上げるようになった。扇動的ともとれる議論を始めた人に立ち向かい、そうした議論に対して注意を喚起した。経営陣にも問題を提起した。しかし、残念なことに、これにも結果が伴った。

 人種に関することや、IT業界の黒人がいかに少ないか、どのように扱われているかについて率直に発言するようになると、私は「あの黒人」と呼ばれるようになった。ディスカッションやパネルを知らされないことや招待されないことがあり、チャンスや、おそらく昇進の機会も与えられなかった。しかし、私にとっては、自分の沈黙から生まれた結果よりも、この結果のほうがましだった。

「本当の姿ではない自分を受け入れてもらうよりも、本当の自分を拒絶されるほうがいい」という言葉がある。自分に正直で、ありのままの自分や自分の境遇に誠実であれば、それは強力な力になる。私の経験では、無抵抗の黒人になろうとするのをやめ、目に見える不平等を訴えれば、肩の荷が下りる。

 そして、新たな重荷を背負うことになる。それは、ありのままの自分でいることで脅かされるかもしれない場所で、ありのままの自分になることによる重荷だ。だが、それは成長のための第一歩であり、自分が何を大切にしているのか、職場でどのような人間になりたいのかを知り、いつかより大きなシステムの変革を実現するための第一歩だ。