戦略的恩恵が最も大きな問題に集中する
前述の通り、ほとんどの企業は、(意識的ではないとしても)もっぱらデータが豊富にある領域でデータサイエンス関連の施策を行っている。しかし、どのような取り組みを実行するかを決める際は、入手できるデータの量だけでなく、もっと幅広い基準で考えるべきだ。特に重んじるべき要素は、以下の2つの点である。
1つは、長い目で見た場合に、そのテーマがどれくらいの戦略的な重要性を持っているかという点だ。
ある中規模のメディア企業に、2つの選択肢があるとしよう。選択肢Aは、ユーザーが自社アプリを用いることで生成されるデータを使い、ユーザー体験を深めるために役立つインサイトを引き出すというものだ。選択肢Bは、データを活用して、ある種のライセンスを取得するための入札金額に関して情報を得ることを目指すというものだ。そのような入札の機会は、2、3年に1回程度訪れる。
選択肢Aを実践するためのデータは非常に多い。実際、そうした取り組みは確かに重要だ。しかし、選択肢Bを実践する場合に、根拠となりうるデータはあまり多くないが、この取り組みは戦略的なものと言える。入札額を低く抑えすぎて落札し損なえば短期的にも長期的にもダメージを被りかねないが、高い金額で落札しすぎれば利益が減ってしまうのだ。
もう1 つ重視すべき要素は、プロジェクトが成功する可能性がどのくらいあるかという点だ。ここで言う「成功」とは、提唱者が約束したのと同等、もしくはそれ以上のビジネス上の価値をつくり出すことを意味する。
この基準を満たすことは容易でない。新しいインサイトやアルゴリズムを生み出し、それを用いるように人々を納得させ、それを自社のプロセスやITシステムに組み込むといったことが必要とされる。実は、インサイトやアルゴリズムをつくること自体はたいてい難しくない。難しいのは、それを実際に導入することだ。
データサイエンス関連のプロジェクトを提唱する場合は、これらの点について冷徹な評価を下さなくてはならない。この問題に関して唯一の正解はないが、このようにプロジェクトを見極めれば、スモールデータ・プロジェクトをもっと多く実行し、いわゆる「ムーンショット」型の野心的なプロジェクトは、もっと厳選して行うことになるだろう。
東南アジア最大のDBS銀行は、ムーンショット型のプロジェクトが初期に失敗すれば、おおむね早期に見切りをつける一方で、スモールデータ・プロジェクトを全社で積極的に推進してきた。新型コロナウイルスワクチンを開発したモデルナ・セラピューティクスも、ムーンショット型のプロジェクトを避け、地道なAIプロジェクトやデジタルプロジェクトに取り組んでいる。
社内でデータサイエンスの「民主化」を進める
筆者らは企業に対して、よく次のように尋ねる。「あなたがほしいのは、博士号を取得したばかりのデータサイエンティスト1人ですか、それとも現在の役職で基礎的な分析作業ができる人材20人ですか」
すると、ほとんどの人は後者を選ぶ。そこで、筆者らはこう助言する。その助言とは、「シチズン(市民)データサイエンティスト」を育てよ、というものだ。
高性能のビジネスインテリジェンス・ツールはたくさんあるし、自動化された機械学習ツールも次第に普及してきている。優れたビジネスアナリストがそのようなツールを用いれば、かなり高度な分析を行える。たとえば、カナダロイヤル銀行は、この点で大きな成功を収めている。
製薬大手のイーライリリーや保険大手のトラベラーズなどは、さらに徹底した行動を取っている。すべての社員に対して、データリテラシーと分析リテラシーの研修を受けさせているのだ。なお、研修内容の多くは、それぞれの社員のレベルと業務に合わせたものにしてある。
これらの企業は自社の社員に必須の資質として、どのようなタイプのデータが存在し、それぞれのデータを用いてどのようなことができて、どのように分析ツールとAIを駆使すれば競争力を獲得できるかという知識を求めている。
また、言うまでもないことだが、企業はあらゆる職種の新規採用社員に対して、基礎的なデータサイエンスのスキルを要求するべきだ。