
不平不満を口にすることが、常に間違っているとは限らない。過度のストレスを抱えることを防いだり、組織の問題に気づいてもらったりするきっかけにもなる。ただし、ネガティブな感情は周囲に伝染するので、常習的な不平家は周囲に悪影響を及ぼす。身近にこうした同僚や部下がいたら、どう対処すべきか。筆者は、明確な境界線を設けて、何度も同じ対話を繰り返すつもりはないと伝えるべきだと言う。
もう我慢の限界だった。大手小売チェーンで働くリサは、同僚でシニアエグゼクティブのピーターと会うたびに、仕事や政府、私生活に対する不平を延々と聞かされ続けた。
まもなくリサは、ピーターの愚痴を聞くと閉所恐怖症のような反応を示すようになった。もっとポジティブに捉えるとよいと提案しても、ピーターはすぐにネガティブな見方に立ち戻ってしまう。ピーターがひっきりなしに文句や泣き言を口にすることは、本人はもとより、誰にとっても有害だった。
弊害はすでに出ている
研究によると、ピーターのように常習的に不平をぶちまけることは、本人に生理的悪影響をもたらす。
悪感情、悲しみ、怒り、無力さを絶えず感じることで、脳内の神経伝達物質は神経回線を「つなぎ直して」、ネガティブな思考パターンを強化し、みじめな思考に繰り返し陥りやすくなり、感謝や称賛、ウェルビーイングといったポジティブな感情を抱く余地がなくなってしまう。
ネガティブな考えの無限サイクルは、脳内で問題解決や認知機能を司る部分である海馬に損傷を与えるおそれもある。不平家はしだいにネガティブな見方をせずにはいられなくなり、不平不満を訴える態度に付き物のドラマに魅了されるようになる。
不平家は、すべてを白か黒かで判断する傾向も強い。その中間で妥協しようとは考えないのだ。
当然のことながら、ピーターのような常習的な不平家は解決策ではなく問題に目を向ける傾向が強く、一緒に仕事をすることは非常に難しい。ネガティブ思考ゆえ、不平家はなかなか意思決定や問題解決ができないのだ。皮肉なことに、不平を口にすることで、さらなる不平の対象をつくり出す。
常習的な不平家は、周囲の人々にも悪影響を及ぼす。否定的、悲観的に考えたり反応したりしている人は、心理学者が「投影同一視」と呼ぶプロセスにより、気づかないうちに同じような感情を他人にも感染させるのだ。自分のネガティブな考え方を吐き出すゴミ箱のように他人を扱っていることになり、他人の気を滅入らせて消耗させる。
興味深いことに、この種の「伝染」は我々の進化の結果として身についたものである可能性が高い。神経学者の中には、人間は生き残りのために重要なミラーニューロンと呼ばれる物質を脳内に持っていることを示唆する人もいる。
社会的存在として、人間の脳は無意識のうちに周囲の人の気分を真似る。これは危険に直面した時に有効に働く可能性があり、社会的結合の一形態としての機能も果たす。
しかし、このミラーニューロンが好ましくない働きをすることもある。何事に対しても不平を言う人の感情は周囲の人々にも伝染し、気づかないうちに周囲まで不平家に変えてしまうのだ。