
なぜイノベーションを起こせないのか。その理由の一つに、早い段階から中核事業と同じ財務指標を適用していることが挙げられる。新規事業の成長性を見極めるためには、テストを繰り返すことが不可欠だ。その期間の成果を目先の売上高や利益率で測ることは、イノベーションの芽を摘むことになりかねない。
イノベーターはアイデアを重んじ、最高財務責任者(CFO)は指標を重んじる。しかし、非常に有望なアイデアを早すぎる段階で、厳密な指標によってがんじがらめにしてしまうと、イノベーションを抑圧することになる。そして、生まれたばかりの製品と、稼ぎ頭の製品に同じ指標を適用したいという欲求は、往々にして企業を現状のまま足踏みさせることになる。
伝統企業でイノベーションを測定するという試みは、一般道路から高速道路に入るための進入車線(ランプ)の建設になぞらえることができる。
高速道路は中核事業を表し、常に時速100キロ以上での通行が求められ、どの車両も同じ車線に居続けるよう期待される。高速道路の脇にある進入車線は、R&Dや技術開発のチームがコンセプトカーをつくるガレージを意味する。
上級幹部はしばしばプロトタイプの一つに興奮し、クレーンを用意して高速道路に至急引き上げるよう勧める。彼らはそれをアナリストとの電話会議で話したがり、展示会で披露したがる。
その後にはたいてい、最悪の事態が待っている。プロトタイプはまだ高速道路の本線に出る準備が整っていない。本線と同じ指標を適用すれば(「最低でも100キロは出るはずだよな!」)、動き出したばかりの製品は既存製品との非常に厳しい比較にさらされる。
こうした理由で、企業のイノベーションの多くは側道で残骸の山となって終わり、関わった人々は失望感で呆然とし、よろめきながら会社を去っていくのだ。
社内に持続的なイノベーションのエンジンを構築するには、ガレージと高速道路の間に安定した移行段階が必要である。要するに、その過程で測定する指標を変更可能にすべきだ。初期には進展具合を示す指標を適用し、その後は創出されるインパクトと価値を示す適切な指標群へと変えていくのだ。
この移行は、工学と直感を組み合わせて行う。まず進入車線を建設してから、それを使ってイノベーションを活気ある本線に合流させるという具合だ。
多くの組織はいまだに、この移行がうまくできていない。
当社イノベーション・リーダーは、大企業でR&Dや新製品開発、イノベーションに取り組む196人のプロフェッショナルにアンケート調査を実施した。これらのイノベーターは、CFOを含む最高幹部がどんな指標を最も気にかけるかをよく理解していた。
回答によれば、新製品の売上高、コスト削減率、利益率などは、最終的に必ず報告しなければならないという。しかし同時に、回答者の3分の2は、イノベーションを測定する包括的な方法が社内に存在しない(12%)か、いまだ形を成していない(54%)としている。
一方、測定方法を明確に認識している回答者らは、取り組みの進展とビジネス価値を実証する「最小限の適切な指標群」といえるものを考案している。
指標が少なすぎると、「イノベーション劇場」を演じているだけだと批判される。多すぎれば、データの収集と、誰にも響かないチャートだらけのパワーポイント資料の準備に、持てる時間のすべてを費やすことになりかねない。
新しいアイデアの発展初期段階では、最も適切な指標として、次のような例がある。作成してテストしたプロトタイプの数。インタビューした顧客の人数。新規ソフトウェア・プラットフォームのリピートユーザー数。新たなビジネス・エコシステムに参加するよう働きかけた関係先の数。
あるいは見込み薄のアイデアを見送り、顧客に共感されるものや、自社で実現可能なものを優先するという取捨選択をどれほど効率的に行っているか(「廃案率」とも呼ばれる)。これらは活動を表わす指標であり、注力の形跡を示すものである。