自動車はパソコンのようにモジュラー化するか
入山:日本はかつて、「調整の塊」とも言えるインテグラルアーキテクチャが特徴的な、自動車やブラウン管テレビなどで世界をリードしていました。企業内における設計の擦り合わせが、非常に緻密になされていたわけですよね。多能工のチームワークがものを言っていた。

早稲田大学大学院 経営管理研究科(ビジネススクール)教授
慶応義塾大学経済学部卒業、同大学院経済学研究科修士課程修了。 三菱総合研究所で主に自動車メーカー・国内外政府機関への調査・コンサルティング業務に従事した後、2008年に米ピッツバーグ大学経営大学院よりPh.D.を取得。同年より米ニューヨーク州立大学バッファロー校ビジネススクールアシスタントプロフェッサー。2013年より早稲田大学大学院経営管理研究科(ビジネススクール)准教授。2019年から現職。Strategic Management Journal, Journal of International Business Studiesなど国際的な主要経営学術誌に論文を発表している。著書に『世界の経営学者はいま何を考えているのか』(英治出版)、『ビジネススクールでは学べない世界最先端の経営学』(日経BP社)、『世界標準の経営理論』(ダイヤモンド社)がある。
藤本:はい。現在においても自動車の汎用部品(他社の製品も使える標準部品)は10%以下。モデル専用の最適設計部品も多く、相対的には擦り合わせ寄りの製品と言えます。
ところが、デジタル情報革命によって高度な擦り合わせを必要としない、モジュラー型の製品分野が増え、そこでは調整が得意な日本企業は劣勢になってしまった。モジュラー型は、いわば「調整節約型」。計算はパソコン、印刷はプリンター、投影はプロジェクタと、それぞれ機能が部品や生産設備とシンプルに対応するデジタル機器やメモリー半導体がその代表です。またオープン・モジュラー型は、汎用部品や業界標準部品を多く使うのが特徴。それは分業の国であるアメリカや中国が設計の比較優位を持っていました。
入山:いま、長らくインテグラル型を貫いてきた自動車業界も、電気自動車(EV)や自動運転などの技術の進歩によって、いよいよモジュラー化が進むのではと言われています。要は「自動車がパソコン化する」のでは、と。これについて先生はどのように捉えていらっしゃいますか。
藤本:まず言いたいのは、仮に100年に1度の変革が起こるとしても、突然、1年や2年で大きな山がやってくるわけではないということです。さまざまな変化が重なり、累積的にうねりになっていくイメージです。
産業の歴史を見れば、自動車における前回のプロダクトイノベーション期は、ガソリン自動車発明の1886年からフォード方式確立の1915年ごろまでで、およそ30年かかりました。今回は加速化しているとしても、さすがに1~2年で完了とは考えにくい。「来年こそ大イノベーションが起こる」と言う人は毎年現れますけれど(笑)。
入山:そう単純な話ではないと(笑)。
藤本:そもそも、自動車のパソコン化、つまりモジュラー化という大変革が起こるという議論に対して、私は「そうとは限らない」と考えています。電動化やデジタル制御化でソフトウェアなどのモジュラー化が急速に進むとしても、自動車が1トン以上あり物理法則に支配された高速移動体であるという本質は今後も変わりません。
結果として、世界市場の約7割を占めるトップ10社のうち、9社は戦前から続く会社。戦後にできた韓国の現代自動車も設立から50年以上。つまり実証的に見れば、少なくともこれまでは自動車業界は「破壊」されにくい産業だったわけです。
もちろん、「いや、これからは違うぞ」という立論は可能ですが、そういう人は、なぜこれからは違うのかを明確に論証する必要があります。先ほど言ったように、自動車には「変わる部分」と「変わらない本質」が同居していますから、変わる部分だけを追いかけていると、間違えやすいのです。
入山:なるほど。