藤本:入力も出力も無形の情報であるパソコンと、大きなエネルギーを制御する重量物である自動車ではおのずと設計条件が違います。物理法則が働く「重さのある世界」において、公共空間を高速移動する重量物である自動車は、そもそも「原罪」を抱えて生まれた存在なんですよ。
入山:「原罪」ですか。
藤本:ええ。毎年約100万人もの人が自動車交通事故で亡くなります。多くのエネルギーを使い、環境性能が上がったとはいえ10億台以上あるのでそれなりに空気を汚す。とんでもない商品でしょう。それなのに世界で年間1億台近く生産され、300兆円近い産業になっているわけです。
入山:大胆に言えば、いわば殺人マシンが高額で大量に取引されていると。
藤本:ということで、自動車という公道を時100km/hで走る1トン、2トンの鉄の塊は、いわば原罪を背負って生まれ、それゆえにイノベーションに挑み続ける社会的責任があり、緻密に設計する社会的義務もあるわけです。
この車をミリ単位でコントロールできないと、不運な交通事故で人が死ぬ。だから細かい設計調整を行い、機能と構造の複雑な連立方程式を解かなければなりません。安全・環境・温暖化対策のSDGs的規制も、さまざまな機能要求もいよいよ厳しく、高機能型自動車の構造設計はハードもソフトも年々複雑化しています。簡単にモジュラー型にできる製品ではありません。
もちろん、最高速度が20km/h程度のロースペック車であれば、話は違います。そうした自動運転の電気シャトルバスを生産するフランスの工場には標準部品がごろごろ転がっていたそうです。同じ電気自動車でも、高機能車と低機能車では設計思想が全く違ってきます。
入山:おもしろいですね。その観点から、話題のテスラはいかがでしょう。
藤本:テスラは高機能EVのメーカーですから、かなりインテグラルです。車体ハードウェアの統合度が上がっていると専門家は評価しますし、電子制御ユニットにも自前の半導体チップを使っています。いずれも最適設計指向で、日本の自動車メーカーが「従来の自動車と違ってEVは業界標準化が必要だ」と考える傾向がある中、テスラはむしろ、ハードウェアでも電子制御系でもインテグラル化を意識しています。
入山:たしかに! 言われてみればおっしゃるとおり、テスラはインテグラルなのですね。
藤本:急速充電システムも、日本では複数企業が連携して業界標準を作ろうとしましたが、あまり順調にはいっていません。ところがテスラは、自社専用設計の充電システムで顧客の高評価を得ています。インフォテイメントでもアップルやグーグルと一線を画したソフトの独自路線で高評価を得ています。
入山:しかも電池まで自分たちで作っていますよね。
藤本:そう。もちろんモジュラー化すべきところはそうしているが、車としてインテグラルであるべきところは、きちんとそうしようとしている。まっとうな「自動車」を作ろうとしている印象ですね。その点で私は、テスラを評価しています。
入山:さっそく刺激的なお話をいただいていますが、後編ではより広義の「ものづくり」の世界の未来についていかがお考えか、教えてください。
【著作紹介】
世界の経営学では、複雑なビジネス・経営・組織のメカニズムを解き明かすために、「経営理論」が発展してきた。
その膨大な検証の蓄積から、「ビジネスの真理に肉薄している可能性が高い」として生き残ってきた「標準理論」とでも言うべきものが、約30ある。まさに世界の最高レベルの経営学者の、英知の結集である。これは、その標準理論を解放し、可能なかぎり網羅・体系的に、そして圧倒的なわかりやすさでまとめた史上初の書籍である。
本書は、大学生・(社会人)大学院生などには、初めて完全に体系化された「経営理論の教科書」となり、研究者には自身の専門以外の知見を得る「ガイドブック」となり、そしてビジネスパーソンには、ご自身の思考を深め、解放させる「軸」となるだろう。正解のない時代にこそ必要な「思考の軸」を、本書で得てほしい。
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