デジタル化を加速させる3つの方法

 筆者らの研究を通じて、自社のデジタル化の取り組みを一段階先に進めようとする企業にとって有益な教訓が見えてきた。その教訓を活かすことにより、前述の銀行が直面した問題のいくつかを回避し、コストを抑えることができる。

 筆者らの発見と銀行幹部たちからのフィードバックに基づき、以下にデジタル化を加速させるための3つの方法を紹介したい。

(1)新しいシステムを導入する前に徹底的に調査を行う

 自社のタスクごとに、新しいシステムの利用の複雑性の度合いを明らかにした「複雑性ヒートマップ」を作成する。以下の表は、そのヒートマップを作成するための手順を示したものだ。

 ステップ1とステップ2の目的は、どのタスクが新しいシステムに依存し、そのシステムをどのように活用してタスクを実行するのかを知ることだ。この情報を基に、ステップ3に進む。ここでは、ヒートマップの横軸(下図参照)のどこに、それぞれのタスクが位置しているかを明らかにする。どのタスクがシステムに依存しているかがわかれば、ステップ4に進める。このステップでは、意味依存度(ヒートマップの縦軸)を明らかにする。

 ここまで到達して初めて、ヒートマップの作成に着手できる(ステップ5)。デジタル化予定の業務ごとに、利用の複雑性の度合いを視覚的に表現するのだ。システムを用いないタスクは「無関係」の欄に記せばよい。

 筆者らは調査した銀行に関して、2つの職種に関する複雑性ヒートマップを作成した。2つの職種とは、データ入力と融資記録の修正である。融資記録の修正を担当する人たちが行うタスクの中には、利用の複雑性が高いものが多かった(事例1)。これは利用の複雑性が低いデータ入力担当者の仕事(事例2)よりも、デジタル・トランスフォーメーションの実行が難しいことを意味する。

 デジタル化に着手する前にこのようなマップを作成しなくてはならないとすれば、あまりに大きな手間だと感じる人もいるかもしれない。しかし、筆者らの研究によれば、この作業を行うことで、莫大なコストを生む失敗を早い段階で防止できる。

(2)ステップ・バイ・ステップの計画を立てる

 これにより、まず利用の複雑性が比較的低い領域に、関心とリソースを振り向けることができる。成果が上がりやすいプロジェクトでは、複雑性が高い領域に比べて、取り組みの規模、必要とされる人員、変革を推進するための措置が大きく異なる。

 利用の複雑性が比較的低い領域で新しいシステムを導入する場合、数人だけで担当チームを発足させれば十分であり、ガバナンスもさほど強力なものにしなくても事足りる。チェンジマネジメントも最小限に留めることが可能だ。そのような領域では、デジタル化への投資は比較的早期に回収できる。

 早い段階で何らかの成功を手にすることは、財務面でのメリットに加えて、心理面での効果も大きい。デジタル化のプロジェクトは、短距離走というより長距離走のような性格を帯びることが多い。時間を掛けて、組織構造と組織文化を少しずつ変えていく必要があるのだ。

 その点、試験プロジェクトが早期に成功を収めれば、人々の指針になり、モチベーションを高める効果も期待できる。そして、まずは小規模な取り組みからデジタル・トランスフォーメーションに着手し、次第にそれを修正して、拡張していくことも可能になる。

 ここまで紹介した2つの方法を実践することにより、初期の投資を早い段階で回収し、より複雑性の高い取り組みを継続するための弾みをつけることができる。

(3)自社のためのオーダーメイドの手法を開発する

 利用の複雑性が低い領域では、これまでのような機能ベースの研修だけで十分かもしれない。それに対し、利用の複雑性が高い領域では、それ以外の研修方法も必要になる。

 たとえば、タスク志向の研修を新システム導入後も継続的に行ったり、成果目標の測定・評価を一時停止したり、自己学習と社会的学習の機会を設けたりしてもよいだろう。これらは、筆者らが調査した銀行で効果があった方策の一部だ。

 複雑性ヒートマップを作成すれば、最も必要とされている場で、これらの対策を実行するうえで役に立つ。ヒートマップを検討すると、自社でデジタル・トランスフォーメーションの実行に苦戦しそうな領域がどこかがわかるからだ。その結果、乏しいリソースを有効に活用できるようになり、プロジェクトの立て直しに貴重な時間を浪費することも避けられる。