主要な発見
利用の複雑性に着目することで、新しいデジタルツールについて学び、それを活用することが比較的容易なケースと難しいケースが存在する理由が見えてくる。
同じシステムを導入する場合でも、デジタル化の道のりが部署によって大きく異なる理由は、利用の複雑性にある。
筆者らが調査を行った銀行では、ある部署の事務職員たちは、新しいSAPベースの融資マネジメントシステムを使い、新規の契約を記録することになった。彼らにとって、新しいシステムを使ってどのように業務を行えばよいかを学ぶことは難しくなかった。対照的に、既存の融資の記録を修正する部署の事務職員たちは、新しいシステムの使い方を学ぶことに苦労した。
前者のグループは、6~8カ月以内に新システムを使いこなせるようになった。それに対し、後者のグループは、新しいシステムでの業務が軌道に乗るまでに6カ月以上の期間を要した。
筆者らの研究によれば、こうした違いを生む要素は2つある。1つは、システム依存度だ。これは、ある人の業務がどの程度、当該のシステムを利用して行われるのかという度合いのことである。その人の業務と環境のどのくらいの割合が、データとアルゴリズムを通じてそのシステムで実行されるのかという問題だ。
もう1つの要素は、意味依存度である。これはシステムの利用者がどの程度、みずからの業務のビジネスロジックとシステムの関係を理解している必要があるかを表す。
デジタル化されたタスク(デジタルツールを活用して実行されるタスク)は、この2つの要素の度合いが高い場合、とりわけ複雑性が高いと言える。
たとえば、筆者らが調査したデータ入力係のタスクは、融資契約のデータをシステムに反映させるだけで実行できる。融資契約のロジックを深く理解していなくても、データを正しく入力することは可能だ。融資契約がシステムにどのように反映されているか、あるいはどのように処理されているかも知っておく必要はない。したがって、自分のタスクを実行するために、新しいシステムを学ぶことはそれほど難しくない。
一方、融資記録の修正を行う職員の場合は事情が異なる。融資契約のデータだけでなく、さまざまなビジネス上の概念(融資のステータスや一部の計算ルールなど)もかなり関係してくる。このような業務に携わる人たちは、データの意味を知り、データがどのように処理されるかを把握していなければ、融資記録の修正を正しく実行できない。新しいシステムを学ぶことは、データ入力係よりはるかに難しく、多くの努力を要するのだ。
この銀行の事例は、利用の複雑性を左右する2つの要素の性格を浮き彫りにしている。まず、システム依存度は、システムが対象とするビジネスコンセプトが多いほど高まる。一方、意味依存度は、ビジネスコンセプトと、システムによるコンセプトの処理方法を深く理解する必要性が増すほど高まる。
この2つの要素は、相互に補強し合う関係にある。意味依存度はシステム依存度が高い時、大幅に高まる傾向があるのだ。
従業員がそのシステムを使ってタスクを処理しようと考えるたびに、この依存性による問題が持ち上がる。もちろん、そのタスクがルーチン化するにつれ、利用者は次第に慣れていく。それでもデジタル化の取り組みの初期段階では、ツールを適切に選び、効率的にタスクを完遂するためには、多大な知的労力が必要になる場合が多い。
こうした利用の複雑性は、デジタル化を目指すプロジェクトで見落とされていることが多い。タスクとシステムの複雑性を別々に検討すれば十分だと、担当者が考えているためだ。
筆者らが調査した銀行の場合も、デジタル・トランスフォーメーションに着手した当初は、タスクと業務プロセスはすでに確立されていると考えられていて、新しいシステムの影響を受けないものだと思われていた。そうした前提に立っていたために、融資記録の修正を行う職員は、重要なタスクを長いこと完了できずにいた。
その結果、マネジメント層はチェンジマネジメントのアプローチを全面的に刷新することでプロジェクトを立て直し、利用の複雑性が高い領域におけるオペレーションの問題を乗り越えなくてはならなかった。具体的には、積み残したタスクを処理するためにより多くの人員を投入し、新しい研修素材を開発し、さらには新たに導入したシステムにも変更を加えた。
このような問題解決の方法は、予算の乏しい企業には採用しにくいものだ。最終的に、筆者らが調査を行った銀行は、この途方もない難題をやり遂げた。しかし、新しいシステムへの対応に苦労していた部署の業務を再び軌道に乗せるまでには、長い時間がかかった。