私たちが直面している社会問題は、社会科学者が「社会動員」と呼ぶものだ。社会動員とは、大多数の人が実行して初めて有益になる行動を大勢の人に行わせることだ。その典型的な例がリサイクルだ。1人がリサイクルを実行してもその努力は微々たるものだが、何百万もの人々が行えば環境面で非常に大きな利益をもたらす。
ワクチン接種も同様であり、圧倒的多数の人が接種を受けることで初めて真の効果が得られる。さまざまな社会問題を解決するには、多くの人々に特定の行動を取ってもらう必要がある。
社会動員には社会規範が重要な役割を果たすという研究結果がある。なぜなら、社会規範には人々が何をするのか、あるいは何をすべきかという「規範的情報」が含まれるからだ。人は、ある行動(ワクチン接種など)が当たり前のこととして行われていると、その行動がよいこと、あるいは正しいことであるという幅広い合意が存在すると信じ、その社会規範に従って行動する傾向が強くなる。
ここで役割を担うのが、義務化だ。義務や法律には、法的な機能(「しなければならない」)だけでなく、象徴的な機能(「するのは当然である」と示す)もある。
多くの人が犯罪を犯さないのは、規則やそれを破った時の罰を常に考えているからではなく、むしろ当然だと思うことを無意識にやっているからだ。シートベルトを例に取ると、多くの人が着用しているのは法律に違反して罰せられるのを恐れているからではなく、それが「当たり前」になっているからだ。
社会学の研究でも明らかなように、法律や規制は社会規範や共通認識の形成をうながす。なぜなら、私たちが当たり前だと思う世界を構築しているのは、政府や学校、企業などの社会的機関だからだ。要するに、社会的機関はその方針やアプローチ、プロトコルを通じて、ある物事が当然のこととして受け入れられる世界をつくるのに寄与している。
企業が新型コロナウイルスのワクチン接種を義務付けた場合に示す規範的情報は、ワクチン接種は安全で効果的であり、接種が広く受け入れられ、実行されているというものだ。より多くの企業がワクチン接種を義務付けるようになると、やがてそれが共通認識となり、従業員や顧客にとってワクチン接種が標準的な選択になる。
逆に、企業がワクチン接種を義務化しない場合は、それが科学的に不確かであり、接種を控えることが賢明だと示唆し、接種の有効性を否定することになる。
サウスウエスト航空やアメリカン航空をはじめとする企業がワクチン接種を義務付けていないことは、ワクチンに対する組織の不信を示す。こうした姿勢は、米国の成人の30%を占めるワクチン未摂取者の躊躇を助長し、パンデミック収束に必要な社会動員の妨げとなる。ワクチン接種に対するこうした企業の姿勢が、問題の一旦を担っているのだ。
ワクチン接種を政治的な問題として捉え、論争に参加するのに抵抗を感じるリーダーもいるかもしれない。しかし、企業は従来から重要な社会問題を先導し、その政策や行動を通じて社会規範を形成してきた。たとえば、企業が早くからドメスティックパートナーに対する便益を導入したことで、同性婚の一般化をうながした。
最近では、気候変動や、ジョージア州の有権者の権利抑制の動きに対する反発をめぐって企業が態度を示し、それによって環境保護や人権擁護といった重要な規範を強化し、支持している。
実際、「非政治的な」経営という概念は、広く疑問視されている神話だ。現代において政治的であるには、リーダーは態度を示す必要がある。なぜなら、そうしなければ反科学的、反民主的な動きを拡大させてしまうからだ。
パンデミックを収束させるには、ワクチン接種は自分のためにも他人のためにも疑う余地のない正しい行為であると、ほぼすべての人が認識するようになる必要がある。科学的根拠に基づく社会規範を確立し、普及させるうえで、企業によるワクチン義務化はそれを促進させることができる。
"Why Business Leaders Need to Mandate the Covid-19 Vaccine," HBR.org, September 03, 2021.