DHBRの最新号(2022年1月号)の特集テーマは「ブレイクスルーイノベーション」です。特集の論考からは、数多くのイノベーションには、「とんでもない」ことを構想するイノベーターがおり、それを周囲の力によって実現していく様子を知ることができます。

AIとデータを活用するために
あるべき社会から構想する

 DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー(DHBR)では、11月30日に「DXを実現するAI&データ経営の実践」をテーマに、ウェブセミナーを開催しました。

 特別対談として、MS&ADグループのデジタルトランスフォーメーション(DX)の立役者であり、現在は三井住友海上火災保険社長を務める舩曵真一郎氏と、AIスタートアップ、シナモンAI社長CEOの平野未来氏を招いたセッションを行いました。その内容は、後日レポートする予定ですが、対談の最後で印象的な場面がありました。

 平野社長CEOには「AI技術があれば、こういうことができるのではないか」や「我が社には大量のデータがあり、これをどう活かせるのか」といった企業からの相談が相次いでいるそうです。

 ですが、平野社長CEOは「そのままでは部分最適になってしまいます」と指摘します。それでは、AI技術やデータの活用をどう考えればよいのでしょうか。平野社長CEOは「とんでもない顧客体験をつくることです」と提案します。

 たとえば、2週間かかっていた手続きが10日になったとしても「とんでもない」とは言えないでしょう。しかしながら、これが5秒になったら、「とんでもない」と言えるでしょう。とんでもないことから考え始めて、そのアプローチに必要なAIは何か、そのAIに必要なデータとは何かと考えることが重要なのです。

 損害保険の文脈で考えるならば、事故や災害があっても「全く心配がない」という安心感を顧客に提供できるかがカギとなります。そうであれば、審査時間を短縮化し、山火事や台風が迫っていることがわかった時点で入ることのできる保険商品があっても、おかしくないのかもしれません。

 ただし、平野社長CEOの話を聞き、じっと天井を見つめていた舩曳社長がこう言いました。「事故ゼロの社会をつくるというアイデアが浮かびました。そのために何をするのか帰ったら考えてみます」。

 保険商品から考えるのではなく、社会のあり方から問い直し、イノベーションを実現するという意思を感じました。

イノベーターを支える人々も描く

 DHBRの今号(2022年1月号)の特集テーマは「ブレイクスルーイノベーション」です。メッセンジャーRNAワクチンの開発、iPS細胞を用いた再生医療、人工合成タンパク質素材の製品化等、画期的なアイデアを実現させ、社会に新しい価値を生み出した数々のイノベーションを題材にします。

 ただし、これは天才と呼ばれる一握りの人の物語ではありません。中長期のR&Dを通し、不可能を可能としてきた「とんでもない」事例の裏には、チームメンバーや株主、取引先、規制当局などの数多くのステークホルダーの支援があります。

 イノベーターの夢がいかに結実するのか、そのプロセスを知ることで、組織やチームで挑戦する意味合いがよりわかると思います。特集の要約は「ブレークスルーイノベーションは再現可能か」の記事にも記載していますが、特集の論文からはイノベーターの構想力とそれを支える人々の姿を知ることができます。

 ぜひご一読いただければ幸いです。(編集長・小島健志)