Beatrix Boros/Stocksy

株主第一主義からステークホルダー資本主義への転換を実現するために、企業には自社のビジネスを通してESG(環境、社会、ガバナンス)を推進することが求められている。しかし、それを実践するのは容易ではなく、もし進め方を間違えると競争力を損なう可能性すらある。本稿では、ESG戦略の構築を目指す企業が回答すべき10の質問を提示する。


 ビジネス・ラウンドテーブルが2019年に行った極めて重要な意思表明──財務上の株主を優先する方針から、より広範なステークホルダー資本主義への転換──と、自社のビジネスにおいてそれらの目標を実践的で測定可能、かつ追跡可能なESG(環境、社会、ガバナンス)の取り組みに反映させる方法をめぐり、企業は頭を悩ませている。ブルームバーグ・インテリジェンスによると、世界のESG資産は2025年までに53兆ドルを超える可能性がある。

 筆者は10年以上にわたり、複数の企業で取締役を務めてきた。その経験を通して、ESG戦略を構築する際には、すべての企業が以下に挙げる10の問いに対処すべきだと確信している。それができなければ競合企業に追い越され、極端な話、消滅してしまう可能性もある。

 1. ESGが自社の競争力を損なっているか

 ESGを重視しすぎることで企業の競争力が損なわれるのではないかとの懸念は、見当違いとは言えない。実際、企業がESGの目標達成に労力を注ぎ込みすぎると、成長や市場シェア、利益が損なわれるリスクがあるという疑念は正当なものだ。

 たとえば2021年3月、ダノンのエマニュエル・ファベール会長兼CEOが、アクティビスト(物言う株主)からの圧力を受けて退任した。アクティビストの一人は、ファベールが「株主価値の創造とサステナビリティのバランスをうまく取ることができなかった」と指摘した。

 一般論としても、企業がESGを重視しすぎると、中国のように基準が緩い国の企業との競争で苦戦する可能性が高まる。

 しかし、ESGに十分に注力しなければ、市場で遅れを取り、従業員や顧客、投資家の支持を失い、規制やESGを取り巻く状況がより厳格な欧米諸国などで取引するライセンスを失う可能性さえある。

 業界や地域によって、また時代によっても影響する要因が異なるため、適切なバランスを見つけるのは難しい作業だが、重要なのは、取締役会がESGへの取り組みを継続的に検証し、ESGによるトレードオフにうまく対処できているかを判断することだ。

 2. ESGアジェンダの推進は企業収益を犠牲にすることを意味するのか

 ESGを徹底的に追求すると、一部の株主から有害で株主利益を損なうと見なされるリスクがあることをビジネスリーダーは認識すべきだ。ただしESG推進論者は、ESG投資ファンドのリターンは従来の株式ファンドより低いとは言えないと示唆している。実際、総合株価指数よりも高いリターンが得られることもありうる。

 2019年11月~2021年3月の18カ月間で、MSCIワールドESGリーダーズ指数は従来型のMSCIワールド指数を1.84%上回った。同時期に、JPモルガンESG EMBIグローバル・ダイバーシファイド指数も同種の非ESG系ファンドの指数を1.94%上回った。

 もっとも、多くのESGファンドの中核的な銘柄は巨大テック企業であり、近年はリターンの大きな株価指数の大半をテクノロジーセクターが占めている点は留意しておく必要がある。このことから、ESGアジェンダそのものがリターンを生むのか、それとも単に利回りの最も高いセクターがESGの面でも高スコアなのか、という疑問が生じる。

 それでも、政府や規制当局から付与される取引許可(事業を行う権利)の観点で、積極的なESGの取り組みが企業にもたらす価値を投資家は軽視すべきではない。