(1)地政学リスクの高まりはイノベーションを抑圧する

 筆者らはまず、GPRと、上記の3つのイノベーションの尺度を単純に比較することから始めた。すると、GPRが1%上昇すると、翌年の企業の特許出願件数は0.8%減、取得特許の財務的価値は0.24%減、科学的価値は0.08%減となることがわかった。これらの数字は、地政学リスクが米国企業における技術革新を大幅に抑制したことを示唆している。

 次に筆者らは、データセット中の企業が、具体的にどのような特許を出願しているかを調べた。すると、GPRが上昇すると、進化の速度が速い新しいテクノロジー(漸進的イノベーションというよりブレークスルーイノベーションの特徴だ)への注目が低下し、技術分野も狭まる傾向があることがわかった。つまり、企業はリスク回避的になり、多分野に大きなインパクトをもたらすイノベーションを追求する傾向が低下する。

 このような発見は、2次分析とも一致する。筆者らは、上場企業が開示した大規模なデータセットを利用して、GPRが全プロダクトポートフォリオの開発段階に与えるインパクトを調べた。すると、GPRが高い年は、開発の初期段階にある製品の割合が減少することがわかった。つまり、地政学リスクが上昇すると、企業が革新的な製品開発プロジェクトに着手する件数が減ることを示唆している。

(2)脅威のほうが行動よりもダメージが大きい

 筆者らは、地政学的脅威と地政学的行動を区別することにも関心があった。興味深いことに、平均すると、行動よりも脅威のほうがイノベーションに与える影響は大きかった。

 地政学的行動が増えた時よりも、地政学的脅威が高まった時のほうが、米国企業の特許出願件数が3倍以上も減少した(財務的価値と科学的価値の平均についても、同様のトレンドを示した)。

 これは、何らかの行動が起こるかもしれないという脅威は未実現のリスクを伴うが、すでに起こった行動はそれ自体が現実化したリスクの一形態であり、不確実性が低下するため、技術的なリスクをとってイノベーションを起こそうというモチベーションが高まることを意味する。未知に対する不安は、既知に対する不安よりも大きいという直観とも一致するものだ。

 たしかに、不確実性はイノベーションへの意欲を左右する重要な要因ではあるが、地政学的紛争から生じる行動は、当然、それ自体が大きな弊害をもたらす可能性がある。しかし、筆者らの研究では多くの場合、実際には、行動よりも脅威のほうが有害であることが示された。

(3)地政学リスクは外国人顧客が多い企業ほどインパクトが大きい

 筆者らは次の段階として、S&P企業とその顧客に関するコンピュスタットのデータベースを用いて、ある企業のターゲット市場が、GPRが上昇することによるインパクトにどの程度の影響を与えるかを調査した。

 まず、その会社の主要顧客に占める外国人顧客の割合(国内顧客との比較)と、その会社の収益に占める外国人顧客による収益の割合という2つの尺度によって、外国市場における企業のエクスポージャー(リスクにさらされている資産)について調べた。

 すると、どちらの尺度も、GPRがイノベーションに与える負のインパクトと相関関係にあることがわかった。ある企業で外国人顧客の割合と彼らから得られる収益の割合が1%増えると、特許出願件数の平均はそれぞれ0.63%減と0.78%減になった。

 これは、外国人顧客が多い企業はより大きな不確実性に直面するために、地政学的リスクが高まることでリスク回避傾向も高まることを示唆している。