『DIAMOND ハーバード・ビジネス・レビュー』(DHBR)の最新号(2022年5月号)では、特集1の「リーダーシップの転換点」だけでなく、特集2として「これからの危機管理」を取り上げています。その中心論文では「危機に対処するのではなく、危機に備えよ」というメッセージが投げかけられます。その意味をロシアとエストニアの関係から考察します。

ロシアと国境を接した
小国エストニアの生存戦略

 ロシアによるウクライナ侵攻に心を痛めている読者の方も多いことでしょう。両国に関しては予断の許さない状況が続いており、日々膨大な情報が出ておりますので、ここで語ることは避けます。今回はロシアと国境を接する小国エストニアの戦略をご紹介します。

 エストニアは、欧州バルト三国の1国にあたる、人口わずか130万人余りの小さな国です。1991年に旧ソビエト連邦から独立を果たした後、資源に乏しいことからIT戦略へと舵を切りました。

 日本のマイナンバーにあたる国民IDの普及を徹底的に進め、官民のシステムをつなぎ、選挙や納税、転居、給与支払いなどをすべてオンライン上で完結する電子政府を実現しました。また、IT教育や英語教育も盛んで、Skypeやワイズ(旧トランスファーワイズ)などのユニコーン企業を数多く生み、「デジタル先進国」として知られています。

 IT化の原動力となったのが隣国ロシアの存在でした。エストニアはロシアへの経済依存から抜けようと市場開放と欧米化を進め、2004年に欧州連合(EU)に加盟しました。

 また、いつロシアに攻め込まれてもおかしくないという危機意識から北大西洋条約機構(NATO)に加わり、軍事強化を図りました。

 しかしながら、2007年にロシアからとみられる大規模なサイバー攻撃を受け、政府や銀行などの電子政府を支える重要インフラシステムが一時ダウンしました。その教訓から、NATOのサイバー防衛センターを誘致し、ブロックチェーン技術を基幹システムに実装し、より一層の安全保障対策を講じました。

 それでも2014年のロシアによるウクライナ南部クリミア半島の併合は、国民に衝撃を与えました。政府CIOを務めた元高官は、筆者の取材に「人口4000万人のウクライナがロシアを防げなかったのに、なぜ130万人の我々が国を守れるのでしょうか」と語りました。

 徴兵制を敷きNATOの後ろ盾があっても、ロシアに本気で攻め込まれたら「1日も持たない」との冷静な見立てを持っていました。

 そこでエストニアがとったのは「データ大使館」と呼ばれる戦略です。国民・国家の機密データをルクセンブルクのデータセンターに預けて、「バックアップ」することにしたのです。

 なぜなら、領土を奪われて国民が世界中に散り散りになっても、こうしたデータがあれば、オンライン上に仮想国家を設立し、国家として再建できると考えていたからです。

 突飛な発想に見えるかもしれませんが、ウクライナ国民が難民化する惨状を見るにつれ、当時エストニアがいかに冷静に状況を見て判断を下したのかがわかります。