ソニー(現ソニーグループ)の出井伸之氏が死去しました。氏の経営手法への評価はまだ定まっていません。ですが、インターネット時代を予見し、新たな事業の種を数多く蒔き、その一部が現在のソニーを支える屋台骨になったことは間違いないでしょう。『DIAMOND ハーバード・ビジネス・レビュー』の最新号(2022年8月号)の特集「できる人が辞める会社 活きる会社」に寄稿した、安部和志・専務執行役のエピソードとともに、出井氏の功績を振り返ります。

ソニー出井氏が遺したもの

 ソニーの社長や会長を務めた、出井伸之氏の訃報に驚かれた方も多いことでしょう。

 出井氏といえば、インターネットの可能性に早くから着目し、「ハードウェアとソフトウェアの融合」を掲げ、テレビやオーディオを中心とした事業からの脱却を目指しました。

 一方で、「ソニーショック」と呼ばれる経営危機を迎えるなど、氏の経営手法への評価は定まっていません。

 とはいえ出井氏が、プレイステーションやSo-net(ソネット)、ソニー銀行など、いまにつながる事業の種を蒔いてきたことは明らかです。

 早稲田大学ビジネススクールの長内厚教授は「これらの新会社で経営を学んだのが、平井一夫氏、吉田憲一郎氏、十時裕樹氏であり、彼らこそがここ数年のソニーのリカバリーを果たした経営陣であったことは、偶然とは言えないだろう」と述べます。

 さらに、出井氏が行ったことの一つに、スウェーデンの通信機器メーカー、エリクソンとの提携があります。

 この合弁会社設立のために人事部門の代表として送られたのが、当時30代後半の安部和志執行役専務(人事、総務担当)です。安部氏は今号のDHBRに寄稿し、この時の経験を次のように語っています。

「同社(エリクソン)では、事業戦略を議論する前に、まず企業文化や価値観、ビジョンを徹底的に議論するアプローチ、異文化に対する理解が極めて重要との認識が根付いていた。また、個の社員に向き合った、社員意識調査を例としたさまざまな人事施策も印象的だった」。

 この提携は、パーパスを重視する現在のソニーの経営にも寄与したようです。また安部氏は、経験豊かな候補者がほかにもいる中、自身の熱意を上司に伝えたことで挑戦の機会を得ました。

 その経験から「みずからの意思でキャリアを切り拓こうとする者にはチャンスを与える」というソニーの組織文化を再認識し、その継承への思いを強くしたのです。