企業の「歴史」を競争優位に変える

入山 章栄(いりやま・あきえ)
早稲田大学大学院 経営管理研究科(ビジネススクール)教授
慶応義塾大学経済学部卒業、同大学院経済学研究科修士課程修了。三菱総合研究所で主に自動車メーカー・国内外政府機関への調査・コンサルティング業務に従事した後、2008年に米ピッツバーグ大学経営大学院よりPh.D.を取得。同年より米ニューヨーク州立大学バッファロー校ビジネススクールアシスタントプロフェッサー。2013年より早稲田大学大学院経営管理研究科(ビジネススクール)准教授。2019年から現職。Strategic Management Journalなど国際的な主要経営学術誌に論文を発表している。著書に『世界標準の経営理論』(ダイヤモンド社)などがある。

入山:なるほど。そのようなご研究を経て、現在はどのような研究をされていますか。

酒井:2022年6月発行の『組織科学』で、私が責任編集を務めた特集号のテーマでもあるのですが、経営学の「歴史的転回(historic turn)」を、現在の自分のコア研究領域と位置付けています。このテーマに関連して、国内外の共同研究者らとともに、複数のサブプロジェクトを走らせています。

 サブプロジェクトは、大きく2つに分けられます。ひとつは、経営組織現象の歴史的背景を探る研究プロジェクトです。先ほどのマニーの成長の背景に関する研究もこれに当たります。他にも、日本の医療専門職、特に看護師に関する歴史的研究も少しずつ進めています。後者の中間成果的な論文は、2020年にRoutledgeから出版されたHistorical Organization Studies: Theory and Applicationsに収められました。

 もうひとつは、過去の利用(uses of the past)と呼ばれる領域に属する研究プロジェクトです。この領域には、「レトリカルヒストリー」(修辞的な歴史)といって、企業が歴史をどのように語るかが、組織アイデンティティの構築や、競争優位につながるという興味深い理論があります。

 この理論の基になった議論自体は、実は昔からあったのですが、経営学の領域では、2010年にカナダのビクトリア大学のロイ・サダビーたちが中心となって発表した論文が話題となり、注目度が高まりました。この論文でサダビーたちは、「歴史とは実は特定の立場から語られたものだ」という点に着目して、経営組織あるいは経営者が語る歴史と競争優位の関係について論じています。

入山:具体的にはどのような例があるのでしょうか。

 レトリカルヒストリーは、とても実践的な理論です。一例として、私がいま所属する東北大学を挙げてみましょう。東北大学は近年、「日本で初めて女子学生を入学させた」という過去を掘り起こして、様々なポジティブな表現を用いて、繰り返し語っています。そのことで、「昔からダイバーシティを大事にしていた大学」という評価を獲得するのに役立てていると言えるように見えます。

 また魯迅が東北大学で過ごした過去も、様々な形で美しく語られていますが、これは特に、中国からの学生獲得という点で一定の役割を果たしているようにも見えます。こうしたことは、現代の組織間競争に戦略的に過去を利用する、レトリカルヒストリーの好例と言えると思います。

 レトリカルヒストリーは組織の記憶(メモリー)研究と親和性が高い議論です。入山先生の著書『世界標準の経営理論』でも触れられていましたが、何をどう語るか、語らないかによって、記憶は変わってきます。レトリカルヒストリーは、そこに着目した理論だとも言えるでしょう。

 組織は、都合の悪い過去はあえて語ろうとせず、積極的に忘れようとすることも多いのです。あえて失敗が語られる場合もありますが、特定の目的に対してポジティブな意味を持つ話になっていることも、よくあります。組織にとって良い話が記憶として残り、それが「正しい歴史」として語られていく。そうして構築された記憶や歴史は、組織の戦略やアイデンティティの形成に関わってきたりするわけです。歴史を誰がどう語るか、記憶をどう残すか、それが組織にどのような影響を及ぼすのかといったことが、いまヨーロッパを中心に、研究領域として盛り上がっています。

入山:歴史は口伝的に伝わるものと、情報として残るものがありますよね。社史のようなテキスト情報に加えて、これからはさまざまな情報がデジタル媒体で残って広がる時代になります。そうすると、この歴史の管理には、より戦略が求められそうですね。

酒井:おっしゃる通りで、さまざまな情報が増えると、企業にとっては忘れたい過去が残ってしまう可能性は高まりますね。ただ個人的には、それが一概に悪いことだとは思いません。都合の悪い過去を巧みに消し去っていくことは、短期では合理的かもしれませんが、中長期で見ると企業の反省機会を奪い、不都合を引き起こす可能性もあるように思うからです。

 そのように考えていくと、歴史をどう管理するのか、その能力も企業の重要なリソースだということが、理解されてくると思います。その観点からは、社史編纂室なども、実はすごく戦略的な部署に見えてきませんか?社史には、一見すると「揺るぎない事実」が並んでいるように見えますが、こうあってほしいという企業の願望や価値が必ず反映されているもので、私たちの立場からすると、完全に客観的なものではありえないのです。

入山:なるほど……面白い!

酒井:だからといって、企業の歴史は完全な主観の産物だと捉えて、好き勝手に語ろうという無責任な態度に走れば、大きな倫理的問題を引き起こすでしょう。レトリカルヒストリーの持つ、そうした危うい側面を批判する議論も出てきています。ただ現実に、「歴史を語る」戦略を巧みに実践している経営者は多くいます。企業でも大学でも、歴史の構築競争が起こっているんですよね。

入山:最近だと、多くの日本企業が統合報告書を出すようになっています。そういったところに書かれている、歴史や変遷もすべてを反映しているわけではなく、都合よく忘れた記憶もあるということですね。

酒井:その可能性もあると思います。そういった歴史を盛り込んだ報告書が、アイデンティティの形成などの点で、組織にポジティブに作用することもあるので、忘却を一概に批判はできません。一方で、忘却された過去に研究者が光を当てていくと、今まで語られていなかった経営の一面が見てくるとは考えていますね。