「DX銘柄2022」で、「DXグランプリ」を受賞

濵田 中外製薬は、経済産業省と東京証券取引所が共同で選定する「DX銘柄」に2020年から3年連続で選定され、2022年はDXの取り組みが最も優れた企業として「DXグランプリ」を受賞されました。

 御社が推進するDXは、注力領域が非常に明確なことが特徴だと思います。革新的な新薬創出に向けて会社全体でDXに取り組まれ、そこにデータや人財などのリソースを集中投下しておられます。さらに、奥田修社長も含めてトップの方々が強くコミットされ、ステークホルダーに対して積極的に情報発信するなど、非常にスピード感を持って進められていますね。

志済 「CHUGAI DIGITAL VISION 2030」では、3つのフェーズでDXの実現を目指しています。フェーズ1は「人・文化を変える」ですが、その最終年である2021年の実績を基にDXグランプリに選定されたことを、大変嬉しく思います。

 今後、フェーズ2である「ビジネスを変える」、フェーズ3の「社会を変える」に向けて、さらにギアアップしていくつもりです。

 私が責任者を務めるデジタルトランスフォーメーションユニットには約100人が所属していますが、そのうち6割がキャリア採用です。そういう意味でも、人と文化はかなり変わってきたといえると思います。

濵田 イノベーションをリードする人財の育成には、どのように取り組んでおられますか。

志済 データサイエンティストなどの社内デジタル人財を体系的に育成する教育プラットフォームとして、2021年に「CHUGAI DIGITAL ACADEMY」を立ち上げました。講義やOJTなど社内コンテンツの提供に加えて、社外での研修プログラムや大学・研究機関との連携も活用しながら、「製薬×デジタル」のスキルを高めています。

 2022年中にアカデミーの卒業生が累計で約150人に達します。今後は、彼らが研究開発や臨床試験も含めて、ビジネスのあらゆる場面でデジタルとデータを活用してプロジェクトをデザインし、遂行していけるビジネスアーキテクトとして活躍できるよう支援していくつもりです。

濵田 すべての社員が参加できるアイデア創出、インキュベーション(事業開発支援)の制度として、「Digital Innovation Lab」(DIL)もありますね。この仕組みを通じて、パートナー企業とのオープンイノベーションが進んでいると伺いました。

志済 DILは2020年から始めました。これは、デジタルを活用したビジネス課題解決や新規ビジネスに関するアイデアを社員が提案し、それをデジタルトランスフォーメーションユニットのメンバーが審査します。目先の投資リターンではなく、先進性や拡張性、将来性といった観点から優れたアイデアには会社から予算をつけ、PoC(概念実証)の実施、本番開発へと進んでいきます。

 DILを始めてから2年半で延べ400件を超えるアイデアが上がってきており、うち10件ぐらいが実際に本番開発に移行しています。最初の頃は、自分の業務をデジタル化して、仕事の生産性を上げるといったアイデアが多かったのですが、最近は疾患領域に関わるQOLの測定や画像解析をデジタルで行うなど、徐々に高度化しています。

 本番開発を増やすことだけが目的ではなく、デジタルを使ったアジャイル(迅速)な開発やトライアル・アンド・エラーの重要性を、身をもって体験してもらうこともDILの狙いの一つです。ですから、PoCの期間は3カ月に限定しています。

「私だけの薬」を実現する未来をつくる

濵田 直近では、米国のスタートアップと連携して、メタバースの技術を創薬に活用しておられる事例が話題になっています。

志済 新薬の候補になる化合物などを3D(3次元)モデルで観察できるソフトを活用しています。当社は神奈川県鎌倉市と静岡県御殿場市に研究所があり、従来はどこか一カ所の研究所に集まって、研究者たちが資料やPC画面を見ながら議論していましたが、いまは離れた場所にいても同じ3DモデルをVR(仮想現実)ゴーグルで見ながら、議論できるようになりました。

 研究の生産性が上がりますし、いろいろなアイデアが出やすくなって会議が活性化したと研究者たちも高く評価しています。

濵田 デジタル基盤の強化という点では、データ活用基盤を整備され、データ活用がさらに進んでいくことを期待されています。

志済 クラウド上に構築したもので、「Chugai Scientific Infrastructure」(CSI)と呼んでいます。ゲノムデータなど高いセキュリティが要求されるデータも取り扱えるセキュアな環境を構築しており、社内データの部門横断的な活用を進めています。

 同時にアカデミアや医療機関、パートナー企業など外部との共同研究プロジェクトを迅速に推進する研究環境、データ解析基盤も提供しています。

濵田 まさにDX実現の要となるデータの利活用インフラをしっかりと備えていらっしゃるわけですね。そして、「CHUGAI DIGITAL ACADEMY」やDILなどによる「人・文化」の変革を着実に進め、「CHUGAI DIGITAL VISION 2030」におけるフェーズ2の「ビジネスを変える」、フェーズ3の「社会を変える」に向けて、DXを加速しておられると理解しました。

 最後に、個別化医療が実現された未来について、志済さんとしてはどのように思い描いていらっしゃるのか、お聞かせください。

志済 当社では2021年に「私だけの治療法をください。」というメッセージのテレビCMを流していましたが、まさにそれが私の思い描く未来ですね。体の状態も薬の効き方も一人ひとり違うわけですから、「私だけの治療法」「私だけの薬」があることで、患者さんのQOLやウェルビーイングがいまよりもはるかに高まるはずです。

 もちろん、中外製薬の医薬品だけで「私だけの治療法」を実現することはできませんが、RWDの利活用やデジタルバイオマーカー創出の取り組み、そしてAIを活用した新薬創出によって、一人ひとりの患者さんにとっての「私だけの薬」をお届けできる未来を実現したいと思っています。

濵田 ありがとうございます。そうしたヘルスケアの明るい未来の実現に、アクセンチュアも共に取り組んでいきたいと考えております。