2030年に向けた成長戦略「TOP I(トップアイ)2030」を掲げ、ヘルスケア産業のトップイノベーターを目指す中外製薬。そのあるべき姿を実現するために、同社はいまデジタルをフル活用しようとしている。

個別化医療に代表される次世代ヘルスケア、そして革新的な新薬創出に向け、どのようにデジタル活用を進めているのか。中外製薬のDX(デジタル・トランスフォーメーション)の司令塔である志済聡子氏に、アクセンチュアの濵田晋太朗氏が聞いた。

患者の「アウトカム」に根差した個別化医療

濵田 いま患者中心の、よりアウトカム(診療後の患者の良好な状態や症状改善など)に根差した医療が求められており、なかでも患者一人ひとりに最適な医療を提供する個別化医療が注目されています。御社はいち早く、個別化医療のコンセプトを掲げて取り組んでおられますが、DXによる個別化医療の高度化とは具体的にはどのようなことをお考えなのでしょうか。

志済 いままでの医療は、できるだけ多くの患者さんに対して効果を上げることを目指していました。私たちが目指している個別化医療は、デジタルを活用しながら、データや患者さんの意向、最新の医学的知見、医薬品、診断などの情報を組み合わせ、それぞれの患者さんに最適な医療を迅速に提供することをコンセプトとしています。

 その一例が、がんゲノムプロファイリング(患者のがん遺伝子の包括的検査)です。従来は、がんが発生した臓器ごとに治療法を決めていましたが、患者さんのがんで起きている遺伝子変異などを調べ、最適な治療を選択することができるようになりました。これにより、標準治療ではなかなか効果が得られない患者さんに対しても医療が提供できるようになってきており、こういった取り組みが当社の個別化医療です。

濵田 これまでの薬は、基本的にある特定疾患の患者集団、たとえば肺がんだったら肺がん患者という特定集団に対して効果のある薬剤を投与する医療が主体でしたが、遺伝子情報を含めて患者のさまざまな情報を包括的に分析することによって、一人ひとりにとってより効果を得られる薬剤や治療に、より早くアクセスできる可能性が高まります。それによって、患者さんのQOL(クオリティ・オブ・ライフ)、すなわち生活の質が高まるという大きなメリットがありますね。

 そうしたアウトカムに根差した医療を実現するためには、日本全体としてイノベーションを推進していく必要がありますが、どのような課題感をお持ちですか。

志済 医薬品産業トータルで見ると、日本は完全に貿易赤字です。新型コロナウイルスのワクチンを見てもわかるように、残念ながら日本の創薬力は欧米と比べてかなり劣っており、輸入のほうが多い状況です。やはり、日本からいい医薬品を創出して、患者さんのアウトカムを高め、輸出を増やしていきたいですよね。

 そのためには、欧米に比べて圧倒的に少ない創薬ベンチャーをもっと育成することが欠かせませんし、そこにリスクマネーが流れ込む仕組みをつくる必要があります。もちろん、ヘルスケア産業のトップイノベーターを目指す中外製薬としても、革新的な医薬品・医療サービスの開発にいっそう注力します。

 創薬には10年、15年の長い期間がかかるうえに成功確率が低く、莫大なコストもかかります。こうした課題の解決のために、私どもはデジタル技術の活用を進めています。

 もう一つ、日本全体の課題という点では、データの利活用が挙げられます。政府も次世代医療基盤法を施行し、さらにその見直しを進めるなど健康・医療ビッグデータの利活用基盤整備を推進していますが、私たち製薬会社も業界全体として取り組まなければならないと思っています。