次々と押し寄せるデジタル時代の創造的破壊――その波を乗り越えて成長を続けるため、アクセンチュアが生み出したのが「賢明なピボット(Wise Pivot)」と呼ぶ戦略だ。過去・現在・未来の3つ事業を同時に成長させ、ピボット(方向転換)を繰り返し行うためのエンジンを作り出す。それを基に機の熟した新規事業を成長軌道に乗せて拡大させていくというアプローチだ。アクセンチュアではこの成功体験をサービスに変え、多くのクライアントに提供している。日本企業が賢明なピボットを実行するためには何が課題になるのだろうか。

「変革しないリスク」は
「変革するリスク」よりもずっと深刻

――アクセンチュアの近著『ピボット・ストラテジー』(東洋経済新報社)では、自社をはじめ、ウォルマートやマイクロソフト、コムキャスト、ペプシコなどピボットの事例が数多く紹介されていますね。

中村健太郎
アクセンチュア 戦略コンサルティング本部
通信・メディア・ハイテク アジア太平洋・アフリカ・中東・
トルコ地区統括 兼航空宇宙・防衛産業日本統括
マネジング・ディレクター

フューチャーアーキテクト、ローランドベルガー、BCGを経て2016年にアクセンチュアへ参画。全社成長戦略、新規事業創造、デジタル、組織・人材戦略、M&A戦略、等の領域において、幅広い業界のコンサルティングに従事。

 はい。なかでも当社のケースに対する読者の関心が高いようです。実際、クライアント企業の経営者からもアクセンチュアがどのように変革したのか、ビジョンの作り方やイノベーションの進め方、財務・人材の変革の方法などについて質問を受けることがよくあります。

 アクセンチュアは2000年代初めの10年間、デジタルテクノロジーの急激な普及によって会社の中核事業であるSIとアウトソーシングサービスが、上下、そして正面の三方向からの脅威に直面していました。下から突き上げてきたのは、コスト優位性を持つインドのアウトソーサーです。一方、上からは、テクノロジーを武器にした巨大なプラットフォーマーやソフトウェアメーカーが、プロフェッショナルサービスをほぼ無償で提供し、アクセンチュアの収益源に迫ってきていました。

 そして最も大きな脅威は、真正面からの「オンプレミスのクラウド化の流れ」。例えば、基幹システムパッケージをオンプレミスで作る費用が100億円とした場合、同様のシステムをクラウドで作ると費用はおよそ5分の1、20億円になる。クライアントの投資額は当社の売り上げに直結するため、極端にいうと売り上げが5分の1に減ってしまうわけです。

――その脅威に対してアクセンチュアはどのように対応していったのでしょうか。

 まず、「変革するリスク」と「変革しないリスク」ではどちらが大きいのかについて徹底的に議論・分析を行いました。そこで明確になったのは、当社のコアサービスの陳腐化・代替化のリスクは、これらのリスクを克服するために取るべき戦略や企業文化などの変革のリスクよりも、ずっと深刻であるということでした。

 この結論があったからこそ、不退転の決意で大胆な事業転換を実行することができたのです。賢明なピボットとは、絶え間なく続く市場環境の変化と創造的破壊力のある技術の登場に即座に対応するための戦略です。

 簡単にいえば、価値の創出力が落ちてきた中核事業を、デジタルテクノロジーを使って劇的な効率化、生産性の向上を図って強化すると同時に、そこで生み出したキャッシュを新規事業に投じて、新成長領域を拡大させていく。そして、新成長領域が生み出す価値が既存の中核事業を上回ったタイミングで、リソース配分を一段と高めて、さらに価値の創出を加速させる。こうした事業転換を繰り返しながら、過去・現在・未来の事業ポートフォリオを管理していくというのが賢明なピボットのフレームワークです。

 アクセンチュアでは、この戦略に実際に取り組み、その過程でWise Pivotのための方法論とフレームワークを獲得することができました。もちろん、これらを日本のクライアントに提供することは可能です。ただ、多くの日本企業はまだピボットに取り組むまでには至っていません。そのボトルネックは、出発点となる「変革への意思決定」ができていない点にあると考えています。