『DIAMOND ハーバード・ビジネス・レビュー』の最新号(2022年10月号)は「DXを成功に導く組織のデジタルリテラシー」です。デジタル・トランスフォーメーション(DX)の実現において、「共通言語」の重要性が語られています。これは、エンジニアやデータサイエンティスト等のデジタル人材と、既存の社員とが同じデータを見て、同じ言葉で話し合うことを意味します。共通言語をつくることの何が難しいのでしょうか。

共通言語の重要性

 先日、『統計学が最強の学問である』の著者、西内啓さんとデジタル・トランスフォーメーション(DX)をテーマに対談する機会がありました。

 西内さんは、DXの実現において重要なのは、分析基盤の整備や人材採用だけでなく、組織における「言語の共通化」だと指摘しました。「全社員がデータ活用はどういうものかを理解し、それに関する情報への共通認識ができ、実際の分析とアクションがあって初めて価値が生まれます」と話していました(詳細は対談レポートを参照)。

 これは、今号に掲載したヤマト運輸執行役員の中林紀彦氏による「ヤマト運輸のデータドリブン経営は社員全員のデジタルリテラシー向上で実現する」の論考に通ずるところがあります。デジタル人材の採用だけでなく、既存社員の育成の重要性を述べていたからです。

 とはいえ、デジタル人材の言葉を理解するのはそう簡単ではありません。

 以前、「Java」というプログラミング言語を学ぶためにスクールに通ったことがあります。ホームページ制作に役立つ「JavaScript」を学ぼうとしていたのですが、その違いもわからずに申し込んでしまいました。

 キーボードの音だけが響く静かな教室で、"public static void main"というおまじないをひたすら打ち込み、「間違ったかもしれない」と苦しみながら足を踏み入れました。

 エンジニアの言語を学んで気づいたのは、定義の厳密性でした。たとえば、「A=1」「B=雑誌」などと一つずつ言葉の定義が必要です。しかも、そのデータの型が文字なのか整数なのか、はたまた小数なのか等も選択しなければなりません。

「もし~ならば…」を繰り返して関数をつくり、そこに収まらない場合は例外処理を施さなければならないのです。

 文章であれば、言葉の揺らぎや定義の曖昧さはある程度、許容できます。ですが、コンピュータは半角と全角の違いも受け付けません。デジタル人材は、この厳密性の中で仕事をしている場合が多く、既存社員との間に技術以上の隔たりがあると感じます。それが言葉や思考様式、文化の壁です。

『データドリブン思考』の著者である、河本薫・滋賀大学データサイエンス学部教授に尋ねると、「その企業や部署にとってDXが何を指すのか、定義ができていない場合が少なくありません」と述べます。

 自社にとってのDXの定義が曖昧なため、既存社員とデジタル人材とのコミュニケーションがうまくいかず、プロジェクトが頓挫してしまうというのです。

具体と抽象を行き来する

 それでは、共通言語をつくるうえで何が大事でしょうか。そのヒントは先日、DXをテーマに当編集部が開催した『世界標準の経営理論』のディスカッションイベントにありました。

 ある参加者は「経営理論という共通言語があったことで、DXについて業種・業態をまたいで議論できました」と話しました。また、あるグループは経営理論からスタートし、次に現場で起きた具体的な事象を話し合い、再び理論に戻ることで、議論の質が飛躍的に上がったことを共有してくれました。

 理論という共通言語を軸に具体と抽象を行き来することで、互いの理解が進み、学びにつながったのです。

 経営層ならばDXとは自社にとって何かを厳密に定義し、既存社員ならばデータや機械を使って行うことを新たな言語として学び、そしてデジタル人材と混ざり合って、相互学習を深めていくことが欠かせません。

 今号の特集にもそのヒントが詰まっています。ぜひご一読ください。

(編集長・小島健志)