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仮想空間でのコミュニケーションを可能にするメタバースは、物理的な空間の置き換えとして機能するのではなく、相互補完的な関係であると筆者は主張する。企業にとっては主要都市における物理的なオフィスの重要性が、消費者にとっては物理的な店舗などでの体験が、重要性を高めていくと解説する。グーグルやメタ・プラットフォームズ(旧フェイスブック)が、都市部の拠点を拡充していることなどをその根拠としている。

メタバースにより物理的な拠点の重要性は高まる

 新型コロナウイルス感染症と、ズームなどリモートワークのテクノロジーが相まって、経済活動における都市の役割は低下しているという。ならば、いま勢いのあるメタバースのようなテクノロジーはどのような影響を及ぼしうるのだろうか。

 最終的に都市の役割を消し去って人口密度を下げる、大々的な変動要因となるのか。エアビーアンドビーのブライアン・チェスキーCEOの言葉を借りれば、「みんなが集まる一番ホットな場所は、かつてはシリコンバレーだった。いま、その場所はインターネットだと思う」。これは正しいのだろうか。

 シンプルに答えはノーであり、そこには基本的な理由がある。テレグラフ、路面電車、電話、自動車、飛行機、インターネットといった技術革新の波は、物理的な拠点が消滅して都市が廃れるという予測を生んできた。そのような予言が間違いであったことは、何度も繰り返し証明されている。

 パンデミックが人々の働く場所と働き方に変化をもたらしたのは確かだが、有能な人材、イノベーション、経済活動が少数の大規模なスーパースター都市にますます集中する傾向は続いていることが一貫して立証されている。都市は相変わらず健在なのだ。

 とはいえ、メタバースに関しては特別なもののようにも感じられる。仮想現実(VR)と拡張現実(AR)によるメタバース技術の組み合わせは、仮想世界が現実世界を圧倒的なリアリティで代替することを期待させる。

 メタのホライズン・ワークルーム、マイクロソフトのメッシュやアーサーといった、リモートワークとバーチャルコラボレーション向けの新たなツールは、ズームを超える大きな進歩であり、互いのアバターを相手にしたブレインストーミングや議論、交流を可能にする。ファッションや高級品やアートを含むあらゆる買い物においても、はるかにリアルな消費者体験が創出されていくだろう。

 高度なテクノロジーが、都市と物理的な拠点を時代遅れにしてしまうかもしれない。そう想像するのは容易だ。

 だが実際には、メタバースは過去の主要なイノベーションの波が毎回そうであったように、物理的拠点の代替というよりも補完となるのだ。

 メタバースによってデジタル世界を格段にリアルに体験できるようになり、オンラインでより多くのことが可能になる。豊かなコンテンツや広範な人材プールへのアクセスの拡大、拠点を移す際のスイッチングコストや一般的な取引コストの削減、データに基づく意思決定とパーソナライゼーションの大幅な強化などだ。

 しかし、現実の場所に人間が集まって協働する時に生じる、感情のシグナル、ボディランゲージ、セレンディピティ(偶然の出会いや発見)、多様性などは、メタバースでは再現できない。

 皮肉にも、メタバースによって場所のあり方が拡張され、就業者と消費者がほぼどこからでも接続できるようになる一方で、「本当に重要な場所」の数が減る可能性も高い。

 国際的な協業の拠点としてふさわしい広さ、規模、接続インフラ(国際空港など)を持つ国際都市は、比較的少数である。これらのスーパースター都市は、イノベーション、グローバル企業の本社、高級ブランドの旗艦店、世界一流の芸術・文化拠点や研究機関の大規模集積地であり続けるはずだ。

 企業にとっての物理的拠点の重要性は、メタバースによって低下するどころか高まっていくだろう。これはすでにある程度顕在化しており、ドバイや上海といった都市は、メタバースに注力する事業者と人材を引き付けるための戦略を策定している。ブランドにとっては、熱心なアーリーアダプターに囲まれて実験するための理想的な場所といえる。

 人材を引き付けてつながりを築くためのオフィスと、イノベーション拠点をどこに置くのか。顧客を引き付けてブランド認知を高めるために、店舗をどこに構えるのか。そして一般的に、自社の物理的拠点とバーチャル拠点のバランスをどう取るか。これらについて企業は、これまで以上に戦略的に考える必要に迫られるだろう。